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アウトプットがダルくてインプットに逃げていないか?

「Webサービスの作り方」とかを読んでWebサービスが作れない理由とは - uzullaがブログ … 残念な事にアウトプットというものは本当にだるい、産みの苦しみとはよくいったもの。 … 余談:インプットは麻薬である 基本的に好奇心旺盛だったり生産的な事が好きな人は頭が回っている状態が大好きだが(脳内麻薬とかでるので)、インプットでは簡単にそれが得られる。 すると、気付けばアウトプットの苦しさよりも、インプットの楽さにながれてしまう。動物は基本的に快楽を求めていきているわけでこれは道理。 すぐにSNSやTumblrをみてしまうとか、それ自体に即問題があるとは言わないが、一定以上のインプットは、アウトプットの邪魔になる。 … この記事で一番刺さったのは、余談としながらも「インプットは麻薬である」というところ。自分もこれは実感としてある。 RSSを整理したり、タイムラインを眺めたり・・・そういったことをするだけで何かを成し遂げたような感覚になってしまう。 アウトプットはインプットに比べて時間も気合も必要だ。だからダルい。今、この記事を書いているこの瞬間も、本当にそう思う。 だから、過度にインプット側に傾いている時の言い訳はこうだ。「 インプットがなければアウトプットはできない 」。 本当にそうなのだろうか。今、その大量の情報を整理してインプットすることは、本当にアウトプットにつながるのだろうか。 実感としては、ほとんどのインプットは直接アウトプットには繋がらないと感じている。直接アウトプットに繋がるインプットは、アウトプットするためにインプットしている場合だ。 とはいえ、そういった一見ムダに見えるインプットが間接的にアウトプットに繋がることもあると言えばある。 凡庸な結論になるけど、要はバランスなんだろう。 情報があふれかえり、いつでも簡単にインプットすることで快楽を得られるネット時代では、常に「 アウトプットがダルくてインプットに逃げていないか? 」を意識しなければ。

日向薬師で仏像の鑑賞の仕方を学ぶ

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先週に大山に行ったばかり だったのだけど、すごく天気が良かったし筋肉痛も治っていたので、前から行きたかった厚木のパワースポット「亀石」に行こうとハイキングに出かけた。 大体このコースで行った。 厚木市:日向薬師ハイキングコース まずは広沢寺温泉から入って、 大釜弁財天へ。ここも相当なパワースポットだと感じた。 滝が流れていて、清浄な空気が漂っていた。奥へ入るとこんなふう。 何だかとぐろを巻いたようなオブジェがあった。あれがご神体か?ちゃんと榊が供えられていた。 何だかここにいるだけで清められた感じがした。 そこから少し行くと鉄柵がある。その先はある意味人間の世界ではない。最近でもクマが出没したということで、おっかなびっくり入っていった。 途中にiPhone5で撮影。iPhone5のレンズは光の筋が出やすいなと気づく。 途中にあった小さな祠には、おもいっきり「山神」と書いてあった。大山でもそうだったけど、山には沢山の神様がいる。 さらにズンズン登って行ってまず制覇したのは見城山。 iPhone5のパノラマ撮影 地元の人ならわかるだろうか。中央にアクストが見える。 ここは見城(みじょう)山と言うらしい。足利や上杉のゆかりの土地らしい。確かに見晴らしがいいので、見張りや通信所としてはうってつけだっただろう。 山頂そのものはこんな感じ。 続いて日向山も制覇。 また祠があるんだよね。 ここから降りていく途中に、根っこがアートないい木があった。 日向山をズンズン降りていくと日向薬師に近づく。 日向薬師の本堂は改装中のようで、仏像たちは倉庫のようなところに大集合していた。 日向薬師で長居するつもりはなかったのだけど、参拝料を払って中に入ると、おじさんが色々と教えてくれた。 仏像はしゃがんで見上げて見るもの 仏像の目は下から見上げた時に最適化されてデザインされている。普通の立ち位置では、その目が宝石でできていることに気づかない。 仏像のポーズや服、靴に注目する 仏像のポーズや服、靴などに注目すると、ヒンズー教や、モンゴル、中国など様々な文化の影響を...

キングカズ曰く「卒業証書が欲しいのか、勉強がしたいのか。どっちなんだ。」

日経12.04.27朝 小さい頃は「サッカーだけやっていればいい」と思っていた・・・いざブラジルに渡ってみると、サッカーだけで生きるのがどれだけ大変なことか分かった・・・プロになれるのかと不安は募る・・・高校は卒業しておいた方が、とも考えた。そこで教師代わりだった人に諭された。「卒業証書が欲しいのか、勉強がしたいのか。どっちなんだ。大事なのは勉強することだろ。ブラジルまで来て、形だけ高校にいってもしょうがないだろ」・・・見えより実を・・・名刺がJ2でもピッチで輝ける方がいい・・・大学であれトップチームであれ、そこが終着点じゃない。ほんとに大事なのはその「先」。その先に開けている世界が一番大事なはずなんだ。・・・ 今でも本当にそう思う。大学なんて、全然終着点じゃない。 では、キングカズが言う「その先」とは一体なんだろう。 きっと一生終着点なんて無いんだと思う。ただ、進むだけ。だとすると、「その先」とは「進み方」のことだろうか。 キングカズのことばで表現すれば、それは「ピッチで輝けること」なんだろうと思う。 自分のことばで表現すれば・・・なんだろう。

キングカズ曰く「でも成功と成長は別だから。」これはまさに、キングカズの生き様そのもの

日経12.03.30朝 サッカー人として 三浦知良 ・・・でもね、サッカーの成功とは最終的には「勝ち負け」とは違うと思うんだ。成功した、結果を出せたというのは人が判断することで、自分が決めることじゃないでしょう?試合も自分一人では勝てない。相手があり、その日の調子、運もある。でも成功と成長は別だから。成長したいという気持ちは誰にも邪魔できない。それに自分だけでも成長はできる。・・・「成功は約束されていないが、成長は(本人次第で)約束される」。日本代表のザッケローニ監督はいいこと言うね。成長するという信念を抱く人間に青春は訪れる。成功よりも成長したいとの気概でことにあたる人がずっと青春を生きるんじゃないかな。・・・ またまた出ましたキングカズの名言。 「でも成功と成長は別だから。」 その通りだと思う。 人は成長することをあきらめた時に青春を失い、老人になるのだと思う。70歳だろうが80歳だろうが、成長することをやめない人は老人ではない。それは例えば、草間彌生氏などの少なくない高齢アーティストたちだと思う。 人がよりよく生きるという事はどういうことか。キングカズはこの問に「成功を得ることではなく、常に成長しようとする気概を持ち続けることだ」と答えているのでは。 これはまさに、キングカズの生き様そのもの・・・ キングカズ・・・NUFF RESPECT。

納豆混ぜて1万回。栗原記者GJ!

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日経PLUS1 納豆、ベストの混ぜ方探しねばってみる 300回、ほの甘い泡立ち ・・・最近の記者(31)のお気に入りは納豆・・・納豆好きの食通、北大路魯山人は「不精(ぶしょう)をしないで、また手間を惜しまず、極力練り返すべきである」・・・いつもの50回ではかすかな苦味があったんだなと発見した。ネバネバが十分でないと、甘みの広がりが少ない。・・・とりかかって3時間、1万回に到達した納豆は、まるで生キャラメルのような姿に・・・マニアックな人にぜひ薦めたいと思ったのが砂糖だ。東北地方ではよくある食べ方という・・・ポリグルタミン酸などネバネバ成分が、糖と結びついて威力を増すのだという。納豆1パックに小さじ1杯入れたが、甘いというほどではない・・・(栗原健太) 自分も納豆大好き!納豆ほど体に良くてコスパの高い食べ物は無いと思う。 ベストまぜ回数は300回か。結構疲れるなぁ。でも魯山人も不精するなと言っているようだし、やってみようか。 東北地方でよくある食べ方という砂糖入れも試してみようっと。 ところで、これが単なる記事と思えないのは、その探求の徹底ぶり。1万回も混ぜるか?普通。 日経記事より ぐちゃぐちゃになってるじゃないか(^^); 3時間かかったって・・・これは筋トレか、苦行か、それとも罰ゲームか。 しかし、どんなにくだらないことでも、とにかく「とことんやる」ということが人の心を打つのだなぁと改めて学んだ。 栗原記者ъ(゚Д゚)グッジョブ!!

「報われない努力」はまったくのムダか?

頑張り方の違い|努力ってだいたい報われないからね(Yamada_nt) - BLOGOS(ブロゴス) ・・・結局、努力が報われるのは本当に一握りでほとんどの努力は全て無駄に終わることのほうが多かったりする・・・こいつ才能あるなぁと思うような人間を見ると、「そもそも努力が無駄に見えない」っていう人生を送ってる人が凄く多い・・・ひと仕事を楽しむ人・・・「今日もやりきったーって感じている自分が少し好きだから」・・・結局楽しいから続けられる・・・つまり、努力が報われる時が初めての成果ではなく、毎日の日常生活においての努力そのものが、ある種の充実感になるような考え方を持っている。・・・その継続して行なっている努力の日々をいかに充実して過ごせるかっていう視点・・・ 確かに、日々の様々な努力ってほとんど報われないと思う。世の中そんなに甘かぁない。報われればラッキーだ。 しかし、「報われない努力」がまったくのムダかっていうと、まったくそうは思わない。負け惜しみではなく。 なぜなら努力っていうのは、日々をどれだけ一生懸命に生きるのかということだと思うから。努力するのは必ずしも何か「報われる」ことが目的ではない。 例えば、ここ最近、できるだけ毎朝5時に起きてウォーキングするように決めたけれど、それは別に誰かと勝負をしているわけでもないし、何かの大会で優勝したいからでもない。 そういうライフスタイルをすると決めた自分に自信が持てるし、肩こり治るし、シェイプアップするし、体力つくし、ひいては日々の生活がより充実するようになるからだ。 そして、日々変わっていく月の満ち欠け、日の出のタイミングや風景を見たり、同じように日々ウォーキングして頑張っている人たちに挨拶するのが好きだから。中には足が悪いのに毎朝頑張っていらっしゃるおばさまもいるんだ。そういう人たちを見ると「自分も頑張らなきゃ」と思う。パワーをもらうんだ。 人生って、報われなかろうと、成功しなかろうと何だろうと、とにかく充実した毎日を送ることが大事だと思う。 日本人の平均年齢は相当上がったけれど、それでも人の一生は意外と短い。例えば80歳まで生きるとして、自分の年齢からあと何日生きられるか計算してみるといい。良くて数万日か、大抵はそれ以下しかない。 「報われる・報われない」「成功する・しない」ではな...

「今日だけ頑張る」・・・こりゃ、名言通り越して金言だ

オンラインゲームMMORPG中毒者を救ったのはカイジにでてくる下衆野郎の一言だった - ホームページを作る人のネタ帳 - BLOGOS(ブロゴス) ・・・オンラインゲームにはまり、かなりの廃人と化していた知人・・・賭博黙示録カイジ ・・・ ここで班長が手下に言った言葉こそが、オンラインゲーム中毒者を現実に引き戻した言葉だったのです。 「仕方ないよ。馬鹿だからね。食べ終わったら、奴はとりあえず満足してこう考えるだろう。明日から頑張ろう、明日から節約だと。が、その考え方がダメ。」 「明日から頑張るんじゃない。今日。今日だけ頑張る。今日頑張った者。今日頑張り始めたものにのみ、明日がくるんだ」 「今日だけ頑張る」 彼を突き動かしたのはこの言葉だった。 ・・・ 彼は「ゲームをやめようとは一度も決意した事がない」いや、現にゲームは完全にやめている状態です。やめているにも関わらずやめようとは決意していないのです。では何故やめれたのでしょうか?その答えこそが「今日だけ頑張る、今だけ頑張る」だったのです。 ・・・ 「今日だけ頑張る」 うわぁ・・・こりゃ、名言通り越して金言だ。 何も言うことはない。自分も明日から、いや今日から、いや今から、座右の銘としよう。

糸井重里氏のインタビューにある「ことば」の数々に、様々な考えが沸き起こってしまった。

日経11.10.28夕 言葉、この危険なるもの⑤ コピーライター 糸井重里さん ・・・ 地震と原発事故・・・「じぶんのリーダーは、じぶん」という言葉を搾り出したんです。 ・・・ 他人の言葉で動くとミスの連続になる・・・自分の判断を大事にし、リスクを背負う。あらゆる判断は尊い。 ・・・ 11月1日には宮城県気仙沼市に事務所を開きます。社員も常駐します。普通の会社では許されないでしょうけど、事業計画は一切なし。計画を立てると、計画の奴隷になってしまい「何がしたかったのか」という動機が消えてしまう。頼まれ仕事はしません。自分たちが面白いと思うことを全国に発信します。 ・・・ 近年の「節約」志向に、やや異議がある。消費は恋愛に似ています。どちらも矛盾があり、喜びがあり、生きることそのもの。不要だからと削っていくと、魂も小さくなる。消費の喜びは、ものと心の掛け算にあります。バブルの頃は、本当に欲しいものじゃないから、代わりに量をいっぱい買っていたんでしょう。大量生産、大量販売に豊かさはない。再現できないもの、人の思い、丁寧な仕事、長い時間や歴史、ものに込めた世界観。それが価値なんです。 ・・・ 悪口は誰の価値も増やさない。「ペンは剣よりも強し、だから武器よさらば」。攻撃のための言葉ではなく皆の価値を増やす言葉を、現場から紡いでいくつもりです。(聞き手は編集委員 石鍋仁美) インタビューとはいえ、コピーに使えそうなことばが、そこかしこに見られる。つまり、糸井さんの場合は話し言葉でさえコピーになってしまうのだ。 さすが、ことばを操って生きてきた人だなぁと感じる。歴戦の言語操者というか、K DUB SHINEが言うところの「言語科学者」、もしくはMUMMY D言うところの「サムライマー」というか・・・ インタビューにあることばの数々に、様々な考えが沸き起こってしまった。このような「ことば」の数々を引き出した石鍋仁美氏も、きっと相当な人物なのだろうと思われ。 「じぶんのリーダーは、じぶん」という言葉を搾り出した うーむ。搾り出したかぁ(^^); このコピー、何文字?たったの13文字だよ。この13文字に至るために、どれだけの情報や知識、価値観の豊かさが必要で、どれだけの言葉を並べては捨てていったことか・・・コピーライターというのは、ことばのミニマ...

「競争」ではなく「競創」。「独創と協創、そして競創」。by MITメディアラボ石井教授

米国MITの独創・協創・競創の風土 - 世界の大学めぐり - BLOGOS(ブロゴス) ・・・ 電気情報通信学会誌(2009)に掲載された、MITメディアラボの石井裕教授の投稿「米国MITの独創・協創・競創の風土」のうち、印象に残った部分を「写経」しておく。 http://www.ieice.org/jpn/books/kaishikiji/2009/2009052.pdf ・・・ MITが強い理由の一つは、突出した個人、異質な才能を徹底的に育て、そしてそれらを集めることで、独創と協創、そして競創の文化を確立していることにあると思う。 ・・・ 終わることのない「競創」 ・・・ 素晴らしいアイデアも技術もそれが最終的に製品やサービスの形で多くの人々の生活に届かなければ、存在していないに等しい。 ・・・ 以前、日経で石井教授のインタビュー連載が行われていたことがあって、その記事をいくつもブログしていた。 琴線探査: 出すぎた杭は打たれない① MITメディア研究所副所長 石井裕さん 琴線探査: 出すぎた杭は打たれない② MITメディア研究所副所長 石井裕さん 琴線探査: 出すぎた杭は打たれない③ MITメディア研究所副所長 石井裕さん 琴線探査: 出すぎた杭は打たれない④ MITメディア研究所副所長 石井裕さん 琴線探査: 出すぎた杭は打たれない⑤ MITメディア研究所副所長 石井裕さん 「競争」ではなく「競創」かぁ・・・ つまり、「自分の方がすごい」と他人と争って蹴落とすのではなく、お互いにインスパイアしながら一緒に高めあっていくということなのだろう。 すばらしい考え方だと思う。これだからこそ、イノベーションを起こせるのだろう。 「独創と協創、そして競創」かぁ・・・ 「独創」という言葉には、単にユニークなものを創るということ以外に、独りで創るということも含まれているのではないかと思う。 しかし、独りではできることが限られている。だから「協創」。つまり協力しあって共に創る。 しかし、これでもまだ足りないのだろう。そこに「競創」という考え方も加える必要があると。 MITは本当に厳しい環境だと思うけど、最高にエキサイティングな環境っぽい。一度そんな場所で学んでみたいなぁ。そうか。こう感じる人が世界中に出...

ジョブズ曰く「彼らに反対することも、賛美することも、中傷することもできる。唯一できないのは、彼らを無視すること。なぜなら彼らは物事を変えるからだ。」 | クレイジーな人たちに乾杯 - Tech Crunch Japan

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クレイジーな人たちに乾杯 - Tech Crunch Japan ・・・ これは、Apple最初の「Think Different」コマーシャルだ。そこでは、彼らが世界を変えたことをナレーターが祝福する中、20世紀を代表する変革力のある人々の画像が表れる。テレビ放映されたバージョンでは、リチャード・ドレイファスがナレーターだった。しかし、下のバージョンのナレーターはスティーブ・ジョブズだ。 祝辞は以下の通り。 クレイジーな人たちに乾杯。はみ出し者。反逆者。トラブルメーカー。不適応者。人と違う見方をする人。彼らはルールを好まない。彼らは既成概念を尊重しない。彼らを引用することも、彼らに反対することも、賛美することも、中傷することもできる。唯一できないのは、彼らを無視すること。なぜなら彼らは物事を変えるからだ。彼らは人類を前進させる。そして、彼らをクレイジーだと思う人もいるだろうが、われわれは天才だと思う。それは、世界を変えることができる思うほどクレイジーな人は、それができる人だから。 1997年に録音した時、たぶん彼は気付いていなかっただろうが、あれは間違いなく、スティーブ・ジョブズが自分自身を言い表したものだ。 ・・・ 「彼らに反対することも、賛美することも、中傷することもできる。唯一できないのは、彼らを無視すること。なぜなら彼らは物事を変えるからだ。」 つまり、物事を変えるためには反対にも中傷にも無視にも耐えうる勇気が必要だということだろう。 ジョブズの死を受け止めて、自分の中で改めて変化が起こっていると感じる。 今日、自分がしていることは、あした自分が死ぬとしても、本当にやりたいことか?他人の反発を恐れて躊躇していることは本当に無いか? 自分が世界を変えられるなどと、おごるつもりはない。 しかし、マイコーが「We Are The World」で歌ったように、微力ながらも自分のできることで「we'll make a better day」したい。「Heal The World」で歌ったように「make it a better place for you and for me and the entire human race」したい。 より、そう強く思うようになった。

「高い塔を建ててみなければ、新たな水平線は見えてこない」か。 | 宇宙大航海時代を開く① 宇宙航空研究開発機構(JAXA)教授 川口淳一郎さん - 日経

日経11.09.12夕 ・・・父からは「足元ばかり見ないで、たまには頭を上げろ」とよく言われました・・・学んでばかりいるのではなく、たまには自分で考えて新しいことに挑戦してみろという戒めの言葉ではなかったかと思っています。「高い塔を建ててみなければ、新たな水平線は見えてこない」のです・・・講演会でしゃべっていて残念なのは、好奇心が旺盛なはずの高校生からまったく質問がでないことです・・・(聞き手は編集委員 西山彰彦) 「高い塔を建ててみなければ、新たな水平線は見えてこない」か。その通りだなぁ。 つまり、できることの中で何ができるか?を考えるのではなく、できそうにないけど何がしたいか?をたまには考えろと。そうでないと、本当に革新的なものは創造できないのだろう。 一言でいえば「たまには挑戦しろ」ということだろうけど、これがまた、ムズカシイわけなんだな。 川口教授は高校生から質問が出ないとお嘆きだ。受験受験の窮屈な教育で、自由な発想ができなくなっているのかもしれないね。早くも大人になってしまっているというか。

ゴーヤのつるを美しく感じる理由がわかった | 動的な美 十選 2 生物学者 福岡伸一 - 日経

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日経11.08.18朝 ・・・動的平衡としての生命は、いつの時代も渦巻きをその象徴に選んだ・・・ダロウの書と呼ばれるこの精巧な装飾聖書写本・・・大切なことは、渦の輪が決して閉じてはならない、途切れてはならない、ということである・・・いずれの周回も循環も同心円上に閉じているのではなく、流れは外に開いている・・・その古層にはケルト人たちの生命観がある・・・ 「ダロウの書」写真提供=Bridgeman/アフロ 日経記事より 渦の輪は決して閉じてはならない。渦の輪は途切れてはならない。渦の輪は同心円上に閉じているのではなく、外に開いている。 ここで「渦の輪」という言葉を「種(species)」と変えてみたらどうなるだろう。 種は決して閉じてはならない。種は途切れてはならない。種は同心円上に閉じているのではなく、外に開いている。 「渦の輪」は生命の象徴であり、親から子へ、子から孫へと永遠に受け継がれてゆく営みの象徴なのだと感じる。 ここでTahnyaの「swim」の歌詞を思い出す。 ・・・(40秒頃〜) 誰もが同じように それぞれに愛を抱いて 永遠に繋がる らせんの上 生まれてきた ・・・ 「らせん」とは、恐らくDNAのことであり、DNAもゴーヤのつるのようにクルクルと渦を巻いている。つまり「らせん」も生命の「渦の輪」なのだと思う。 そしてDNAとは全ての生命の根源。ひょっとすると、ケルト人はこのことを見抜いていたのかもしれない。 そうか。自分がTahnyaの音楽を好きなのは、音楽の根底に生命のつながりとか、永遠性とか、普遍性とか、そういうものがあるからなのか。その多くの部分は、ナヲちんの母性によるものなのかもしれない。もちろん、ヒラタ師のギターがその世界観を音楽としてのカタチにしているわけだけど。 アール・ヌーヴォーやミュシャが好きなのも、多分同じ理由。ゴーヤのつるを美しく感じるのも、多分同じ理由だ。

なぜボランティアや寄附行為などが「偽善」と言われて嫌われることがあるのか?を自分なりに理解した | 利他的行動、何が動機? - 日経

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日経11.08.07朝 ・・・ボランティアや寄附行為・・・タイガーマスク現象・・・自分にとって利益がないと思える行為をとるのはなぜか。こうした利他行動は脳科学や心理学から見ると、必ずしも「無償の行為」とは言えない。人間の行動を決めるのは「報酬だ」。といっても、金銭や名誉といったものではない。・・・「他人の褒め言葉も脳の中では報酬になる」・・・他人の評価は金銭的な報酬と同じと脳は捉えている・・・「利他的」と見える行動も実際は「利己的」・・・カギを握るのが脳内物質のドーパミン・・・利他行為をすると脳の中の「報酬系」と呼ぶ神経回路が働き、ドーパミンが分泌される。利他行為は「気持ちがいい」のだ・・・(編集委員 青木慎一) なるほど。利他的行動によってドーパミンが分泌されて気持ちいので、利他的行動も実は利己的行動だということか。ということは、マザー・テレサの「無償の愛」も実は無償ではないということになるだろう。 そう考えると、ボランティアや寄附行為などが「偽善」と言われて嫌われることがあるのも理解できる。 もし利他的行動が利己的行動なら、利他的行動も利己的行動と同様「偽善だー何だー」などと人にとやかく言われる筋合いはない。だって、みんな利己的行動をしているわけだし、それは自然だから。 しかし、なぜ嫌悪感を覚えることがあるのか。それはズバリ、一見世のため人のために見えても実は「自慰行為」「オナニー」「自分のため」だからではないだろうか。つまり、不自然だから。 この嫌悪感は論理ではなく、もっと根源的なものだと思う。以前動物園でオナニーしているサルを見た。あの時の強烈な嫌悪感は論理ではなかった。 いや、別にサルや人にオナニーするなとは言わない。それも自然なことだから。しかし、オナニーは隠れてやってくれ!と思うのだ。それと同じ感覚なのではないだろうか。 しかし、マザー・テレサの「無償の愛」を科学で説明できたとして、もしそれが真実だったとしても、それはそれでつまらん話だと思うけどね。科学で説明されるより「無償の愛」と素直に理解する方が自分は萌えるね。 そうか。この「萌える」という言葉は「ドーパミンが出るね」という意味でもあったのか。

「労働時間と生産性は必ずしも比例しない」という一例 | 働き過ぎの韓国、2週間連続休暇を目指す - 金融そして時々山

働き過ぎの韓国、2週間連続休暇を目指す - 金融そして時々山 - BLOGOS(ブロゴス) OECDの統計によるとダントツのワーカーホリックの韓国。韓国の平均労働時間は2,256時間で日本の3割弱は働いている(日本は1,772時間)・・・実際労働時間と生産性は比例しない。例えばドイツの年間平均労働時間は、1,430時間でオランダのそれは1,389時間に過ぎないが、一人当たりの名目的生産額は韓国の約倍だ・・・ 「労働時間と生産性は必ずしも比例しない」という一つの例だろう。 あまり働かずとも必要十分な生産性を確保でき、なおかつ人生を楽しむことができるなら、それはそれで素晴らしい。一方で、仕事が人生という人もいる。それもそれで素晴らしい。 しかし、韓国は今や働き者と言われていた日本よりも相当な時間働いているわけだなぁ。SamsungやLGの躍進をみると頷ける。ということは、やはり物理的にそれなりの時間をかければ生産性は増すということでもあると思う。 結局、自分はどういった人生を送りたいのか?ということに尽きるのだろうなぁと思った。その上で自分がどうしたいかを考えると、仕事はダラダラとするもんじゃないと思う。 最小の時間で最大の生産性を得たい。でも遊びたいからじゃない。浮いた時間で学んだことを仕事にフィードバックして、さらに生産性を高めてさらに時間を浮かせるというフィードバックループの中で、最終的にできる限りいい仕事を残したいから。 難しいことだけど、常に心がけてはいる。

代議士に対して「頑張って下さい」と言うことに違和感を感じた

先日Twitter上で、幸運にも政治家、議員、あるいは代議士の方と直接ことばを交わす機会があった。 一連のやりとりがあった後、「これからも頑張って下さい」と書こうとした・・・のだけど、この言葉に違和感を感じた。 別に悪くはない言葉だと思う。フツーに考えて「応援していますよ」ということだから。 ただ、「代議士」という言葉を考えた時に、自分自身には違和感を感じた。 「代議士」とは、様々な理由で直接政治に関われない自分のような人の代わりに、政治を担ってくれる人のことを呼ぶのじゃないか?と。 そう考えた時に、「頑張って下さい」ということは、何となく突き放しているような・・・「オレ関係ねーから、あとよろしく」的なニュアンスが出はしまいか?と思ったのだ。 で、その結果考えたことばは「◯政(国政、県政、市政)をよろしくお願い申し上げます」というものだった。 これで良かったのかは、もちろん分からない。 しかし、伝えたかったことは、「自分の代わりに政治を担ってくれてありがとう。応援もしてるけど、ちゃんと見てもいますよ」ということだった。

「まだ気づかれていないニーズと技術のギャップ」まだまだあると思った | ニーズと技術をつなぐ夢 - 川島宏一 - ばってんがサイト - BLOGOS(ブロゴス)

ニーズと技術をつなぐ夢 - 川島宏一 - ばってんがサイト - BLOGOS(ブロゴス) - livedoor ニュース ・・・バトル・オブ・シリコンバレー (1999)というちょっと古い映画・・・この2つのシーンで共通していること。それは、マイクロソフトもアップルも、オリジナルな技術を持っていたから成功したのではなく、既に存在する優れた技術をユーザーに繋ぐことが出来たから成功したという点だ。つまり、スティーブ・ジョブスやビル・ゲイツの成功要因は、市場のニーズと既存の優れた技術とのコミュニケーション・ギャップを見抜き、その技術の良さを顧客が理解できるかたちに翻訳し、顧客の理解を得た点にあると、私は思う。・・・その真因は何か・・・夢を示し、それに熱中できた点・・・世界には、まだ気づかれていないニーズと技術のギャップ、そしてそれをつなぐ可能性のある夢が、まだまだ、たくさん埋もれていると思いませんか? なるほどですね。 「まだ気づかれていないニーズと技術のギャップ」そして「夢」。自分も、まだまだあると思った。 「バトル・オブ・シリコンバレー」まだ見てなかった。見とこ。

「原理主義」と「功利主義」が対立した場合、どちらを採用すべきかの明快なルール。勉強になります。 | 大きな「正義」の話を聞かせてくれ - 橘玲 公式サイト - BLOGOS(ブロゴス)

大きな「正義」の話を聞かせてくれ - 橘玲 公式サイト - BLOGOS(ブロゴス) - livedoor ニュース ・・・前提条件を満たす複数の解がある場合、その優劣はどのように決めればいいのだろうか。これには大きく、ふたつの考え方がある。ひとつは「原理主義」で、紛争はあらかじめ決められた正義の「原理」にのっとって処理されるべきだと主張する。もうひとつは「功利主義」で、社会全体の厚生を最大化することを目指す。原理主義と功利主義は正義に対する異なる視点に立っていて、どちらが正しくてどちらが間違っているということではない。 ・・・ 原理主義と功利主義が対立したときには、どちらの主張を採るかの明快なルールがある。 1. 原理主義的な解決策と、功利主義的な解決策の効用がほぼ同等な場合は、原理主義を採用する。 2. 功利主義的な解決策のもたらす社会的厚生が、原理主義的な解決策に比べて圧倒的に大きいときは、功利主義を採用する。 ・・・・ 「原理主義」と「功利主義」。まるでハーバードのコミュニタリアン、 マイケル・サンデル先生 の授業のようだ。 こういった迷いは、原発の問題だけでなく、人生のいたるところにあると思う。 橘玲氏は、こういった迷いに対して明快なルールを示されている。まるでプログラムコードのように。 このルール、判断基準を、今後の自分の人生に活かしたいと思う。

キングカズは今こそ自分がやるべき事、自分しか出来ないことを懸命に成すべきだと教えてくれた。feat. RHYMESTER「そしてまた歌い出す」 | サッカー人として 三浦知良 思いに運ばれたゴール - 日経

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日経11.04.08朝 ・・・これまでいろんなゴールを決めてきたけれど、こんなに喜ばれたのは記憶にない。・・・僕が想像したよりずっと、慈善試合でのゴールは大きくて、重かった。闘莉王選手・・・目の前の空間にボールが落ちてくる。ロードがぱっと開けたようで、体が覚えているままに僕はシュートを放っていた。無意識のうちにボールのバウンドをとらえ、コースを選んでいる。それは「判断」を超えた、迷いの一切無い、いわばFWの本能だった。・・・サッカーに対する態度や考え方が今日までぶれなかったからこそ、あのゴールに至っている。・・・そして僕のサッカーは続く。・・・もっと愛されるゴールを目指して。まあしかし、あれ以上のゴールというのは、なかなか・・・ あの慈善試合の前、キングカズはめずらしくも非常にネガティブになっていた。 琴線探査: キングカズがめずらしくネガティブに。しかし最後には「全力で、必死に、真剣に」と誓う。涙が出てきた。 | サッカー人として 三浦知良 生きるための明るさを - 日経 しかし、結果を見るとどうだ。キングカズは皆に望まれたゴールを見事決め、きっと被災者のみならず、多くの日本人を勇気づけたに違いない。少なくとも、自分は大いに勇気づけられた。 キングカズの文章からも、あのゴールはもう神がかっていたとしか思えない。ほとんど無意識。まさに記事のタイトルそのまま。日本全国の人々の「思いに運ばれたゴール」だったのだと思う。 しかし、その皆の思いを背負ってゴールを決める触媒となれた理由は、日頃からの精進があってこそだっただろう。だから、三浦知良氏はキングカズと呼ばれるのだ。 「サッカーをやっている場合じゃないよな」なんてことない。サッカー、やっている場合ですよ! いや、サッカーだけじゃない。RHYMESTERが「そしてまた歌い出す」でいうように「歌ってる場合ですよ!」だし、自分だって「プログラムしてる場合ですよ!」だ。 今やもう 「歌ってる場合じゃない」んだそうだ 悲惨な世界前にしてあなたは問う 「歌ってる場合じゃない」世相なのかも知れんと 口ごもりただ戸惑う ・・・ 要は無駄か?この歌と言葉は どうも疑いがち 利口なオトナは ・・・ 先人たちのように背筋伸ばす 古臭い悲観を全部吹き飛ばす ・・・ 歌ってる場合ですよ! ど...

「誤りを認めることは弱さではない。」その通り。むしろ強さだと思う。 | 大新聞のTwitter誤報道 - Tech Crunch Japan

大新聞のTwitter誤報道 - Tech Crunch Japan ・・・それがプロセス・ジャーナリズムだ。最初に誤った記事を伝えた人間が、その不正確さを非難されることがあまりにも多い。しかし私は、特ダネの最初の、一番難しい一歩を進めた者は評価されるべきだと思う。そこから始まったのだから。・・・連中が訂正しない理由はわかっている。事実を見誤まることは恥であり、もし訂正したり撤回したりすれば、それは弱さを見せ読者の信頼を失うことになるからだ。全く逆だ。 誤りを認めることは弱さではない。 ・・・ アメリカの大新聞、Finacial Times、Wall Street Journal、New York TimesがTwitterの資金調達に関して間違った報道をしてしまったらしい。 このことに関しては大した興味はない。興味があるのはこの一点に尽きる。 「誤りを認めることは弱さではない。」 その通りだと思う。誤りを認めることは、むしろ強さだと思う。だから心の強い人は、間違いを恐れずにどんどん挑戦していく。そうしていくうちに、その人はどんどん強くなる。 この記事は誰が書いたか?Michael Arrington氏だ。 ブログ記事にも哲学が必要なのだと思った。文章の奥から滲み出るような哲学・人柄が読む人の心を動かす。 相変わらず、彼は素晴らしい。

この件から得られる教訓は、やはり「常識は疑え」だ | 異質な生命体 発見 NASAなど 細菌、米国で - 日経

日経10.12.3朝 ・・・NASA・・・生命の必須元素の一つであるリンがない環境でも猛毒のヒ素を食べて体の一部を作れる細菌で、米国の塩水湖に生息していた。既知の地球の生物とはまったく異質な生命体で、生物の常識を書き換える成果。リンのない天体でも生命が存在する可能性が考えられ・・・米カルフォルニア州のモノ湖で細菌を採取・・・DNA・・・はリン酸と呼ぶ物質を必ず含み、これを持たない生物は存在しないと考えられている・・・DNAのリン酸がヒ素に置き換わり増殖・・・ 今日の日経の朝刊の1面トップの記事だった。日経の1面トップで科学関連の記事がでるのは非常にめずらしい。 NASAが先月29日にプレスリリースを出してからというもの、巷では「宇宙人を発見したか?!」などと憶測を呼んでいた。 NASA - NASA Sets News Conference on Astrobiology Discovery; Science Journal Has Embargoed Details Until 2 p.m. EST On Dec. 2 が、どうやらその真相は宇宙人ではなく、これまで生命体の常識と考えられていたことが覆される細菌を発見したということだったようだ。 しかし、「DNAのリン酸がヒ素に置き換わり増殖」とはホントにすごい。1面トップの記事になるだけあると思う。 この記事で思ったのは、「いわゆる『常識』というのは、ある立場のある時点での考え方にすぎなくて、常に変わっていくものなのだ」ということだ。 「宇宙環境は過酷」というけれど、それは現時点での人間にとっての話であり、今回見つかった細菌にはむしろ天国かもしれないわけで。 この件から得られる教訓は、やはり「常識は疑え」だ。