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「さや侍」さらに興味が湧いてきたね | 映画の評価は死後でいい 松本人志さん - 日経

日経11.06.15夕 ・・・「さや侍」・・・「大日本人」のハリウッドでのリメークも決まった・・・松本人志になったときはマニアックでもいいから、自分のやりたいことをやる。・・・松本人志としては死んだ後の評価を期待して作っていきたい。・・・(主演の)野見隆明さんは素人だけど、プロの芸人じゃないから出せる爆発的な笑いをもっている。追い込めば追い込むほど面白い。・・・(笑わせようとして受けないのは)リアルな悪夢です。ほんとに死にものぐるいでやっても受けないときがある。でもその男を客観的に見たら、ほんとに面白い。笑いって(対象を)どの角度から、どんだけ後ろから見るかだ。・・・(聞き手は編集委員 古賀重樹) 先日も「さや侍」の話が日経に載っていて、興味を持ったので記事も書いた。 琴線探査: 松本人志監督「さや侍」の「さや」が何かわかった。今回のストーリーはおもしろそう。 | 「さや侍」 自由な映画の面白さ 宇田川幸洋 - 日経 今度は監督本人のインタビューだ。このインタビューを見て、さらに興味が湧いてきた。 「プロの芸人じゃないから出せる爆発的な笑いをもっている。追い込めば追い込むほど面白い。」 これは、自分の「あらびき団」の観かたと似ている。「洗練された」プロでなく、「あらびきな」素人だからこそ面白い。もちろん、プロでも面白いことは多いのだけど。 人を「笑わせる」というのは、「怒らせる」よりも「泣かす」よりもムズカシイと思う。この地球上に動物はたくさんいるけれど、その中で笑う動物というのは人間だけだそうだ。それだけ「笑い」というのは高度な感情なのだと思う。だからこそ、人を笑わせるのはムズカシイ。 そんなムズカシイことなのに、なぜプロより素人の方が爆発的な笑いを持っている可能性があるのか。「さや侍」にはそのヒントがあるような気がする。 ひょっとすると「笑い」というのはすごく残酷なものなのかもしれない・・・とふと思った。だとすると、なぜ人間だけが笑うことができるのか?という問にも通じているような気がする。 お笑いのプロであるまっちゃんが、今回は正面からお笑いと向きあって映画を作ったのかもしれない。やはりこれはMUSTだ。

メロリンQこと山本太郎氏が反原発発言で決まっていたドラマを外されたらしい。なんと・・・

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山本太郎氏が反原発発言で決まっていたドラマを外されたらしい。なんと・・・ 今日、マネージャーからmailがあった。『7月8月に予定されていたドラマですが、原発発言が問題になっており、なくなりました。』だって。マネージャーには申し訳ない事をした。僕をブッキングする為に追い続けた企画だったろうに。ごめんね。 Wed May 25 12:40:38 via ついっぷる for iPad 山本太郎俳優 yamamototaro0 山本太郎氏といえば、あれだ。メロリンQだ。 琴線探査: メロリンQ やっぱ彼は最高だわ。その後はお笑いだけではなく、いい味を出す役者にもなられたと思う。 しかし、テレビ業界では反原発を発言すると仕事を干されるのか。こんなことだから、どの局も似たような毒のない番組になってしまうのだろう。 メロリンQがこんなことでヘコむはずはないけれど、応援したい。

庄司智春さんエライ!これぞ有名人の振る舞い | 庄司、酔っぱらいに暴行受けていた(サンケイスポーツ) - Yahoo!ニュース

庄司、酔っぱらいに暴行受けていた(サンケイスポーツ) - Yahoo!ニュース ・・・お笑いコンビ、品川庄司の庄司智春(34)・・・暴行被害を受けていた・・・酔っぱらいに尻を蹴られた。警察が出動する騒ぎとなったが、庄司は手を出さず、相手側の謝罪を受け入れて被害届は出さなかった・・・ 庄司智春さんエライ!これぞ有名人の振る舞いだ。 庄司智春さんと言えば、自分的にはこれだ。 自慢の筋肉を活かしつつ、社会情勢を笑いと共に突く。すばらしいパフォーマーだ。 こういったつまんないことで転んで欲しくないと思うけど、彼は大丈夫そう。ミキティはイイ男を選んだようだ(^^)

やっぱり欽ちゃんは「視聴率100%男」だわ | 笑いの表現抑える時期 コメディアン 萩本欽一さん - 日経

日経10.06.09夕 ・・・今は基準が緩んだよね。「視聴者が怒るかもしれないけど面白い」。下ネタとかも含めて、ここらへんが電波に流れている状態・・・僕は大賛成ですよ。・・・「あれ?怒られないの?」って延々と続けた人が間抜けだよ。僕は浅草で修行中、先輩に教えられた。「下ネタを言いまくれ。お客は笑うから手応えが分かって、成長が早くなる」。でも「うまくなったら言うな」・・・放送倫理・番組向上機構・・・問題点として、下ネタのほか、いじめや差別も指摘・・・・世のため、人のために笑いをつくる。非常に難しい。・・・欠点を突くのがツッコミ。・・・ボケとは、いじめられても苦にしないことだ。・・・ボケが最後に逆襲するのが面白いのに、いつからか「耐える」に傾いちゃった。すると見ている人は「いじめだ」と感じるようになった。・・・ボケのいいのがいなくなったということなのよ。・・・テレビとは手軽でお安く、見る人に心地よく写し出されるものだっていう気がする。・・・ 欽ちゃんのお話で、いくつかのことがわかった。 まず、なぜ下ネタが嫌いか。それは、下ネタをいう芸人さんは、自ら下手であることを公言しているようなもので、そんなものを見る暇はないからだ。 2つ目は、なぜツッコミ役の人がボケ役の人をド突くのが嫌いか。それは、ド突くのがあたかもいじめに見えてしまうからだ。 3つ目は、「ボケ」の真髄。欽ちゃんは、ボケはいじめられても苦にせず、 最後に逆襲するもの だとおっしゃる。ここに痛快さやエクスタシーがあり、人の心を開放させるのか。しかし、そのボケ役のいい人がいなくなったと。 お笑い番組の視聴率が低下しているようだけど、こう考えると、それは自業自得なのかもしれない。少なくとも自分は、心が開放されたという感覚を持つことはまれだし、逆に不快に感じる場合すらある。視聴率の低下は、自分だけでなく、多くの人もそう感じているということだろう。 前にどこかで聞いたことがある。欽ちゃんは当初、相当な毒舌だったそうだ。しかし、ゴールデンに出るようになってから明らかに自分を変えた、と。その象徴が「オネエ言葉」らしい。これは欽ちゃん一流のお茶の間の人々に対するサービス精神だったのだと思う。やはりメジャーになるということは、何かを変えなければならないということか。 結局、「視聴率100%男」たる欽ちゃ...

「根多」=「ネタ」=「タネ」=「種」。まだまだ日本語の修行が必要だ。 | 談志最後の根多帳 - 日経広告

日経10.05.12朝 ・・・談志落語の創作プロセス、ネタ選びの基準を解説・・・ よく演目のことを「ネタ」というけど、これが「根多」とも書くのだということを初めて知った。 「ネタ」というのは「タネ・種」の倒語だというのも初めて知った。日本語でも、まだまだ知らないことは沢山あるなぁ。 ネタ - Wikipedia つまり「根多」=「ネタ」=「タネ」=「種」の4段階を経ているわけだ。すごいな。

穏便に収めて欲しいけど、それよりこの「トークショー」というものが興味深い | 人気トークショーのホスト、ジョン・スチュワートがiPhone事件でAppleを木っ端微塵に―これは影響甚大 - Tech Crunch Japan

人気トークショーのホスト、ジョン・スチュワートがiPhone事件でAppleを木っ端微塵に―これは影響甚大 - Tech Crunch Japan ・・・ しかしメインストリームの大衆はJon Stewartの言うことには耳を傾ける。この番組の視聴者の多くは過去にAppleのパソコンやiPhone、iPodのヒットを支えてきた人々だ。・・・もしGizmodoやChen、iPhoneの拾得者が実際に刑事訴追されるような事態になったらいったいどんなことになるだろう?・・・ 是非、穏便に事を収めて欲しいものだ。暴露する方も良くないかもしれないが、忘れ物をする方も良くない。そんなに大事なら、金庫の奥底にでもしまっておけばいい。 しかし、この「トークショー」というのは何だ?これはおもしろい。この観客の熱気はなんだ?アメリカでのプレゼンの場所に似たような熱気を感じた。 このStewart氏はキャスターなのだろうか。日本で時事問題をこのように扱う番組など見たことがない。コメディアンにも見えるが、相当高度な話術が必要そうだ。これもひとつの話芸なのか? 日本にもあっていいような気がするが、やはりムズカシイのだろうか。

芸人さんというのは尊い職業だなぁ - 「松竹芸能」お笑いライブ in 海老名ビナウォーク 「ビーグル38」「カノン」「ごちそうさま。」

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今日は海老名のビナウォークにて、「ビーグル38」「カノン」「ごちそうさま。」のお笑いライブがあるということで観に行った。 会場は野外で風もあって寒く、ブルブル震えながらのライブだったものの、お客さんは結構いた。 思えば、音楽のライブには何度も行ったことがあるが、お笑いライブというものに行ったのは初めてだ。似たような感覚はあったが、コンテンツが話芸だというところはやはり新鮮だった。 写真を撮ってもいいのかなぁと思っていたら、積極的に撮ってもらいたいらしい。アメブロだのmixiだのにアップしてくださいと。ヘタに規制するより、ブログや口コミを積極的に利用しようと言うのが松竹芸能の方針のようだ。 前説は「ごちそうさま。」。失礼ながら、初めて知った人たちだった。お笑いというのは、知名度で順番が決まるキビシイ世界なんだなぁと実感。でも大事なお役目。立派に果たされていたと思いますよ。 続いて、本芸。男女のコンビということで、彼氏・彼女という設定のコント(かな?)だった。芸人さんのコンビとしては珍しいとご本人たちがおっしゃていた。正直、ネタとしては好みではなかった。必ずしもそれをウリにする必要はないと思うし、そうやって可能性を自ら縮める必要はないのじゃないかなぁと思った。 二組目は「カノン」。まず積極的に「あらびき団」に出演していることをアピール。いいんじゃないでしょうか。でも、多くのお客さんがあらびき団を見ていることも会場の挙手で判明。あまり意味ないかもですなぁ(^^); ネタの方はあらびき団でもお馴染みの「 市原ぞうの国 」。あのウザ〜い「そぉ〜れぇがぁ〜」が生で見られて楽しかった。マジでムカつく(^^) でも写真にもこころよく応じてくれた。カメラを向けると反射神経的にリキんでくれるところが「芸人さんだなぁ」と。 握手もしてもらったし。思えば、テレビに出ている人と実際に握手したのも初めてだ。やっぱり世の中はつながっているんだなぁと実感した。 その後、普通のコントもあり。カノンといえば動物園の紹介ネタしか知らなかったが、普通のコントもやられるようで。これも面白かった(^^)/ カノンのDVDも用意してきてくれていたら買ったのに。 例の「人類と自然の調和」のパンダ WWF のTシャツで登場だったので、さぞ寒かったでしょう。あのTシャツ...

ユーモアという理性を大切に。そして単純明快を旨とせよ。 | エコ&ピース 十選 5 カーリ・ピッポ「地球の日」 グラフィックデザイナー U・Gサトー - 日経

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日経10.03.11朝 ・・・地球の未来を危惧する人々の想像力さえあれば、緑を守り、緑を回復させたい作者の意向が、瞬時に感じ取れる・・・不安をアピールしたものが多い。しかしここでは、それを見せない。・・・ユーモアという理性・・・作者のカーリ・ピッポは、フィンランドに生まれ、デザイン生活40年の知的なアーティストである。その作品は、どれを見てもシンプル、明快でないものはない。あふれるアイデアから生まれるデザインは、多くを語らずとも、人の心を明るく動かし、爽やかに伝える。・・・ (これまた画像が見つからなかったのでやむなくキャプチャー) 「ユーモアという理性」。なるほど。 ユーモア は理性だったんだ・・・sense of humourは大事だなぁ。 ・・・人の行為、かかわりについての深い洞察や世知の豊かさが、上品でセンスのあるユーモアを生み出すことが多い。知的な要素が強い場合は、機知(ウィット)と呼んだほうがよい場合もある。・・ まずは物事に対する深い洞察が大事らしい。ああ、「いらっしゃいませ〜」の柳原可奈子さんや「ウザイ塾講師」のエハラマサヒロさんのネタは、まさに人に対する深い洞察によるものだなぁ。 また出ました。単純化・抽象化の美。優れたデザインは単純明快で多くを語らない。そして、優れたプログラムも単純明快で短い。 最近、単純化・抽象化の美の例が何回も出てくるのは、すべてにおいて単純明快を旨とせよ、という神様の啓示かもしれない。

ついに夙川アトムさんまでターツイか? ちゃいちーのろーたーくん「ツイッター」

ついに夙川アトムさんまでターツイか? 毎週木曜日のお楽しみ。podcastの短編アニメ「ちゃいちーのろーたーくん」の今日のお題は「ツイッター」だ。 http://community.pia.jp/ro-ta-kun/podcast.xml しかし,ということは,Twitterはかなり普及してきたのかなぁと思った。少なくとも,一部のマニアのみが知る言葉ではなくなったということだろう。

芸人 夙川アトム「ちゃいちーのろーたーくん」のポッドキャスト,コイサー

大好きな芸人さんの一人,夙川アトムさんがiTunesのポッドキャストで「 ちゃいちーのろーたーくん 」という短編アニメを公開されているのだが,毎週相当楽しみにしている(^^); 業界用語は イナタイ (注)煙たい感じだが,結構カワイク聞こえる事もある。例えば「チョコレート」は「コチョレート」,「コントローラー」は「トンコローラー」など,なんかカワイイ。 彼の芸は「話で笑かす」というよりも,「音で笑かす」という感じに思う。芸の世界ではどう言われるのか分からないが,これも立派な話芸ではないかと思う。 注)イナタイって何?と妻に聞かれて調べてみたら,まったく違うわけではないが,ちょっと出したかったニュアンスと違っていた。 「 いなたい 」とは「・・・ミュージシャンの間で「泥臭い」「ブルージー」さらに「へたうま」・・・」という意味らしい。「アヤシい」とか「煙たい」とかそういうニュアンスを出したかったのだが,適当ではなさそうだ。 自分のつたない文章にツッコミを入れてくれる人もいるし,ブログを続けているだけで本当に勉強になるなぁ。

FlashアプリがiPhoneで動くようになった!(Adobe Labs - Adobe Flash Professional CS5: Applications for iPhone)

Adobe Labs - Adobe Flash Professional CS5: Applications for iPhone 昨日書いた記事 では,AndroidやWindows MobileではFP10が動くようになったがiPhoneではいまだに全く動かないという事がわかり,しょぼ〜んとしていたが,朝起きてみたらどうだ? iPhoneでもFlash動くようになっとるやないか〜い\(*T▽T*)/ワーイ♪ iPhoneでFlashが動くカラクリ ただブラウザー内で動くということではなく, FlashアプリをiPhoneネイティブアプリに変換(コンパイル)して動作させる というウルトラCだ。 自分としては,ただでさえ狭いiPhoneでブラウザー内で動作させるよりも,ネイティブアプリとして動作してくれた方がありがたい。 年内にリリースされるFlash Professional CS5のパプリックベータ版でこの変換が実際にできるようになるそうだ。 少々気になるのは,Flex Builder改めFlash Builderでもこの機能がサポートされるのかどうかだが,言及はないようだ。 AdrianさんのDemonstration Videoの要点 ・Flashアプリケーションをネイティブコードに変換 ・レスポンスの速さを強調 ・WEB上のFlashゲームがiPhoneでも動くようになる(The oppotunities are... almost endless!) ・iPhoneのSafariで動作するのではなくネイティブアプリとして動作 ・通常のネイティブアプリと同様AppStoreで売る事ができる ・加速度センサーやマルチタッチにも対応 すでにAppStoreでも掲載されているアプリも すでにAppStoreではこの変換機能を使ったアプリが掲載されており,一部はすでに有料だ(^^); 上記ページにそのリンクが張ってある。 無料のものをいくつ試してみたが,まだ開発途上ということもあってか,まだ言われているほど速くはないような気がした。 「Trading Stuff」ではスライダーの反応が微妙に鈍かったり,ゴキブリを潰す「That Roach Game」ではタッチの反応が微妙に鈍かったりする。 もし...

映画「フレフレ少女」でわかった応援団を好きな理由

昔から「応援団」という人たちが大好きだった。 それがなぜなのか、自分でもわからなかった。あの滑稽なまでの真剣さやチカラの入り方・・・一体なんなのか。 しかし、最近テレビでやっていたガッキーこと新垣結衣さん主演の映画「フレフレ少女」を見て、自分なりに理解できた。 「わたしも頑張らないと、人に頑張れなんて言えないですよね」 だから応援団の訓練は厳しいのだろう。 「だけどなぁ、団長ってのは常にカッコつけねーとなぁ」 ミエやプライドを忘れがちだが、実際の利益を失ったとしても、これらを守るためにやせ我慢することが「頑張る」ことの一つなのかも。これは押して忍ぶ「押忍」の精神そのものだ。 「私たちまだ誰のことも応援してないよ。誰のこともきちんと応援できてない。応援って、すごく辛くて、大変で、頑張らないとできないことなんだと思う。」 他人を応援する・・・これすなわち自分を応援すること、ということなのだろう。情けは人のためならず、ということでもあるだろう。 「失礼をいたしました。前言を撤回いたします。」 どんなにひどい事を言っても、悪かったと思えば潔くすぐに謝ることが大事だと思った。逆にそれが信頼につながる事もある。「失礼をいたしました」という言葉は魔法の言葉だ。人としてのあり方を常に問うことも「頑張る」ことの一つなのだろう。 「私たちの熱意と気合が足りないんだよ・・・押忍・・・足りないんだよ!!・・・押忍!!!」 決して人を責めず、まず自分を責める。徳川家康の言葉にもある「己を責めて人を責むるな」。 「僕らが野球部の応援をしたら、野球部は僕らの応援をしてくれるんですか?見返りを求めない応援だから力になるんです!」 「見返りを求めない応援」とは誠の愛の放射のことだろう。これが「滅私応援」ということなのだろう。 「諸君!今は2対0で2点差だが、2は四捨五入したらゼロだぁ~!つまりまだ0対0の同点!」 苦しい時は、屁理屈や詭弁も重要だと思った。これがユーモアとなり、笑いの力がこれ以上頑張るのは無理だという限界を押し広げることになる。 応援とは誠の愛の放射の事であり、それは精神的にも肉体的にも大変な事だ。だから応援団の人々は滑稽なほど真剣で、チカラが入っているのだろう。 つまり応援団とは誠の愛を放射する人間の集まりであり、これが自...

メロリンQ

妻と 手嶌葵さんがメタラーだ という話をしていた。 葵さんはZeppelinが好きらしいという話を聞いたが、自分の中ではZepはメタルではなくハードロックの範疇で、ヘビーメタルと言えばメタルゴッド、ロブハルフォード率いるJudusだろう?と答えたら「それならメロリンQを見ないとだろう〜」という事で見る。 爆笑。 0:51 千の利Q〜! 最後まで無言で最後の最後で「Q〜」するところが茶の湯の世界を表現しているのではないかと。 2:41 Judusの「Painkiller」キタ。この選曲には感服い たしました∠( ̄∧ ̄) 4:55 またきました。Judusの「All Guns Blazing」。これはバックダンサーの方が面白い。寝転がってルンルンしてるところがイイ。 この笑いセンスには、今でいうとキュートンに通じるところがあり、キュートン以前にメロリンQあり、と思った。 すばらしい。 元気が出るテレビってやっぱり面白かったんだなぁと再認識。

「あらびき団」で中毒者続出! 謎の6人組“キュートン”を丸裸!! (webザテレビジョン) - Yahoo!ニュース

「あらびき団」で中毒者続出! 謎の6人組“キュートン”を丸裸!! (webザテレビジョン) - Yahoo!ニュース おお!キュートンがついにYahooニュースに載るまでに!良きかな、良きかな。 しかも、今日発売の「週刊ザテレビジョン」関東地区版にインタビュー記事が載ってるらしいぞ。 上の記事はそのインタビュー記事のノーカット版らしい。 正直、インタビューには興味はないが。 是非ロンドンあたりで例の「サンキューこの恋 STOP!」をやって最新鋭の日本文化をぶちかまして欲しい。

アイヒマンスタンダード「息子のヒョンヌ」

お笑い芸人のアイヒマンスタンダードさんは、自分の中では今、一番実力のある芸人さんということになっている。 言葉の使い方、間の取り方、パターン化の妙などプロだなぁと感じる点がたくさんある。 「みなさんが欲しがってるヤツ」0:17 確かにいつも待ってます(^^);この時のライトさんを見ても、明らかに「今日は何を言うんかな?」と思いっきり待ってる事がわかる。ライトさんのその後の笑いは「図星★」との笑いだろう。 こういう一言が出てくるのは、常にちゃんとお客さんの反応を注意深く見ている証拠だ。彼はライトさんの反応も計算に入れてこの台詞を入れたのだろう。 どのような仕事でもお客さんの反応を注意深く見る事はプロの基本。それを笑いにまで転化できる才能があるわけで、素晴らしい芸人さんといわざるを得ない。 「キムチの漬け方が達人クラスに達したと思えっ」0:25 この台詞だけ聞くと別に面白くはない。ポイントは「思えっ」の発音のタメと例のポーズ。彼は毎回必ずこのパターンを守ることで笑いを引き出している。 このパターン化、シリーズ化はネーミングの世界でも高等ワザとされており、ヒットの一つの要素と考えられている。 一発屋で終わる芸人さんが多い中、シリーズ化のワザをうまく使える彼は、このネタだけでも相当長く生き延びられる可能性が高い。 「お父さんはな、日雇いであってもドンずべり芸人ではないスムニダ!」1:15 日雇いドンずべり芸人と言われても完全否定はせず、半分だけ否定するところに笑いのエッセンスがある。これが分かる彼は、決してドンずべり芸人であろうはずがない。 「すいません。ちょっと自尊心を傷つけられましたので」1:26 「自尊心」という少しばかり大げさな言葉で、正直に、素直に心境を語ってしまうところにも笑いのエッセンスがあるようだ。 ショートコント「チヂミの穴」から「韓国のバックダンサーのノリツッコミ」1:34 中盤でショートコントを2本やるのも彼のパターンだが、ここも重要なポイントだ。ここは最後のオチのために必ずスベる事が目的なので、ここで強烈にスベればスベるほど最後のオチでの笑いが爆発する。天才か? ヒョンヌと話す直前の表情とノドゴックン 2:51 ここで彼は何も語ってはいない。しかしライトさんの反応はどうだろう?おもしろくてたまらないという反応だ。 これがまさに、 前に書いた 「人を笑...

はるな愛「こっそり女湯入った」と告白(産経新聞) - Yahoo!ニュース

はるな愛「こっそり女湯入った」と告白(産経新聞) - Yahoo!ニュース 「あらびき」で初めて見た時からおもしろいと思っていたが、ここまでになるとは。よかったよかった。 しかし、本当に男湯女湯、どちらに入るべきなのだろうか。もし男湯に入ってこられると、男としては困るかなぁ(^^);

毒あるギャグ復権願う

日経09.04.15夕 ・・・「スネークマンショー」のコントを制作していたときは、皆で会議室に集まって、七−八時間も頭をひねっていた。テレビや新聞に目を通して・・・それをどう笑いに変えられるか真剣に話し合った。・・・やっていてわかったのは、はなから相手を笑わせようと、ふざけたものを扱っても、それはつまらないということ。笑わせようという狙いが見えてしまってはちっとも面白くない。自分から笑うなんてもってのほか。むしろ、当人が真剣にやっている事がパロディーの対象になる。・・・ 伊武雅刀(いぶまさとう)さんが声優のバックグラウンドをもち、お笑いをもやっていたという事は始めて知った。小林克也さんも同時に参加していたらしい。しかし笑いを作るのに、ニュースをタネにして真剣に頭をひねるとは。どうも仕事というものは、こういう相反する行為が多いような気がする。 1年ほど前まで、あまりお笑いに興味がなかった自分が興味が出てきたのはTBSの深夜番組「あらびき団」を知ってからだ。以来、人を笑わせるという事がいかに高度な精神活動で、難しく、尊いことなのかという事を感じてきた。 伊武さんがいう「笑わせようという狙いが見えてしまってはちっとも面白くない」という言葉で、なぜ自分がそれまでお笑いに興味が無かったのかが分かった。端的にいえば、ただ面白くなかったのだ。 これまで自分が知っていたお笑い番組では、芸人も人を笑わそうという魂胆がミエミエだったし、そうでなくてもその周辺、つまり番組ぐるみで「これは面白いんですよ〜」という雰囲気を出していたのだ。だから白けて興味がなかったのだ。 ここでもう一度彼の言葉を考えてみると、人を笑わせるには、笑わそうという目的を強く持ちながらも、笑わそうとしないという相反する方向にもっていかなければならない、ということでもある。この矛盾さ、意外さに笑いの妙が出てくるのかもしれない。