2011年4月21日木曜日

日本人の政治に対する考え方、危機に対する考え方、情報発信能力の3点が問われていると思った | 震災、変わる海外のまなざし「称賛」から「不信・違和感」に - 日経

日経11.04.09夕
・・・海外の政府やメディアは当初、忍耐強く整然と対処する被災者に賞賛を送った。ただ日本政府が原発事故収拾に手間取り影響が海外にも広がると、世界のまなざしは変化。日本の対応の遅さや情報開示不足への不信や違和感を示し始めた。・・・鮮明になったのが・・・事態認識や対処方法の違い。・・・迅速な動きが肝要なのに、日本社会はゆっくり合意形成・・・日本からの情報発信不足が国際社会に不信を募らせている面も・・・事前通告もなく低レベル汚染水の海洋放出・・・欧米では「シンク・アンシンカブル(考えられないことを考えよ)」や「ネバー・セイ・ネバー(決して起こらないとは言うな)」・・・「最悪の事態」を平時からあえて想定して備えようとの意味だ・・・(編集委員 高坂哲郎)

この記事の一つのポイントは「日本人」は一流だけれど、政治は二流三流だということだろう。

しかし、その政治も「日本人」が選んだ代表たちの様々な行動の結果だ。日本人の政治に対する考え方や参画の姿勢などは大いに考え直す必要があると思う。例えば、選挙投票率。他国はどうか知らないし関係ないと思うけれど、日本の大抵の選挙は投票率が低すぎると思う。8割はいきたい。

琴線探査: 厚木市長選挙の投票率の低さと小林常良候補のビデオの再生回数数十回に驚く。ネット投票の必要性を感じた。

琴線探査: 投票、行こうぜ! 確かに一票は微力だけど、この微力な一票でしか国は動かないから | 低迷続く20代投票率 過去3回は3割台 - 日経

とはいえ、管首相を選んだつもりはない。政権与党から自動的に首相が選ばれるというのは、やはりどうなのかと考えざるを得ない。首相公選制。どうだろう。


もうひとつのポイントは、日本人は「最悪の事態」を常に想定しているかということだ。これは確かに難しいことだ。リスクの可能性とコストと手間と考えると、及び腰になるのは当然と言える。

残念ながら、自分もそうだった。長時間にわたり電源が喪失するなど考えもしなかった。瞬間的な停電は考えていても長時間は想定していなかったので、サーバーの電源もせいぜいUPS程度だった。

震災以降、こういった考え方は変えた。サーバーを免震構造と自家発電があるデータセンターへ移し、さらにデータを海外のデータセンターに定期バックアップするようにした。たとえデータセンターが関西だとしても安心出来ないから。まさにNever Say Never。被害が海外にまで被害が及んだら?その時はもう地球の終わりだろうから諦めることにした(^_^;)


もうひとつのポイントは情報発信能力だろう。例えば、SPEEDIの情報開示に関して疑問がある。

琴線探査: SPEEDIの情報がよくわからない。国民は見るなということだろうか? | 放射性物質 拡散予測公表へ 官房長官、気象庁に指示 - 日経

日本人の自分だって政府の情報開示に不信感をもつのだから、海外の人はなおさらだろう。

特に足りないと思うのは、直接性、リアルタイム性、そしてわかりやすさだ。