2011年4月20日水曜日

キングカズは今こそ自分がやるべき事、自分しか出来ないことを懸命に成すべきだと教えてくれた。feat. RHYMESTER「そしてまた歌い出す」 | サッカー人として 三浦知良 思いに運ばれたゴール - 日経

日経11.04.08朝
・・・これまでいろんなゴールを決めてきたけれど、こんなに喜ばれたのは記憶にない。・・・僕が想像したよりずっと、慈善試合でのゴールは大きくて、重かった。闘莉王選手・・・目の前の空間にボールが落ちてくる。ロードがぱっと開けたようで、体が覚えているままに僕はシュートを放っていた。無意識のうちにボールのバウンドをとらえ、コースを選んでいる。それは「判断」を超えた、迷いの一切無い、いわばFWの本能だった。・・・サッカーに対する態度や考え方が今日までぶれなかったからこそ、あのゴールに至っている。・・・そして僕のサッカーは続く。・・・もっと愛されるゴールを目指して。まあしかし、あれ以上のゴールというのは、なかなか・・・

あの慈善試合の前、キングカズはめずらしくも非常にネガティブになっていた。

琴線探査: キングカズがめずらしくネガティブに。しかし最後には「全力で、必死に、真剣に」と誓う。涙が出てきた。 | サッカー人として 三浦知良 生きるための明るさを - 日経

しかし、結果を見るとどうだ。キングカズは皆に望まれたゴールを見事決め、きっと被災者のみならず、多くの日本人を勇気づけたに違いない。少なくとも、自分は大いに勇気づけられた。

キングカズの文章からも、あのゴールはもう神がかっていたとしか思えない。ほとんど無意識。まさに記事のタイトルそのまま。日本全国の人々の「思いに運ばれたゴール」だったのだと思う。

しかし、その皆の思いを背負ってゴールを決める触媒となれた理由は、日頃からの精進があってこそだっただろう。だから、三浦知良氏はキングカズと呼ばれるのだ。

「サッカーをやっている場合じゃないよな」なんてことない。サッカー、やっている場合ですよ!

いや、サッカーだけじゃない。RHYMESTERが「そしてまた歌い出す」でいうように「歌ってる場合ですよ!」だし、自分だって「プログラムしてる場合ですよ!」だ。





今やもう 「歌ってる場合じゃない」んだそうだ 悲惨な世界前にしてあなたは問う
「歌ってる場合じゃない」世相なのかも知れんと 口ごもりただ戸惑う
・・・
要は無駄か?この歌と言葉は どうも疑いがち 利口なオトナは
・・・
先人たちのように背筋伸ばす 古臭い悲観を全部吹き飛ばす
・・・
歌ってる場合ですよ! どんな時代だってこの世に人がいる限り
歌ってる場合ですよ! あなたも止めないさきっと声続く限り
・・・
今やもう 「歌ってる場合じゃない」んだそうだ 本当にそうかどうか己に問う
黙ってる場合じゃない口を閉じて
Okay, なら歌ってる場合じゃない時代にしか生まれない願いを詞に込めよう
つぶってる場合じゃない目を開いて
・・・
歌ってる場合ですよ! そうあなたも
歌ってる場合ですよ! オレは今も
歌ってる様子ですよ! そして明日も歌ってる予定です
・・・
そしてまた歌い出す そしてまた歌い出す
・・・

キングカズは、今こそ臆することなく、自分がやるべき事、自分しか出来ないことを、これまで以上に、それこそ懸命に成すべきだと、教えてくれた。

この歌詞を見るとおり、ジャンルはまったく違うけれど、キングカズとRHYMESTERには共通項がある。それはRHYMESTERは「そしてまた歌い出す」というのに対しキングカズも「そして僕のサッカーは続く」とおっしゃっていることだ。

プロフェッショナルは道を歩んでいるのであって、それは生涯、常に続くのだ。プロフェッショナルは迷わず、ブレず、ただ今より遠くへ日々歩んでいく。

確かに「明るさ」を受け取りました。そしてプロフェッショナルの何たるかを受け取りました。キングカズ、ありがとう!