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陽はまた昇るゆっくりと その時立てろ親指を! 日本はまだまだこれからさ。いくぜぇー!! | 衛星「みちびき」実証実験 位置測定、誤差3センチ内 日本版GPSへ道開く - 日経

日経10.12.28朝 国産測位衛星「みちびき」を使い、走行中の車の位置を誤差3センチメートル以内と、民生用としては世界最高精度で測定することに国内のグループが成功・・・(GPS)と併用して実現した。政府は24時間使えるシステムに必要な2基目以降の衛星打ち上げにも前向き・・・三菱の鎌倉製作所・・・従来のGPSだけの場合、精度は10メートルどまり・・・米国のGPSに依存せず同等の精度を常時可能にするには、あと6基・・・安全保障・・・米国とロシアは独自に全世界カバーするシステムを既に構築・・・GPSは年間約650億・・・準天頂衛星は7基でシステムを構築しても100億・・・ 10mから3cmの精度になったということはざっと300倍の精度。JUSTすばらしい。 ただこの性能はアメリカのGPSに頼っての性能。是非アメリカに頼らずこの精度を実現できるようになってほしいものだ。別にアメリカを敵にしようというわけではない。この精度を自前で持つことで、ソフトウェア開発を含め、色々な可能性が出てくると思うから。 100億必要らしいけれど、これは確かに大金だ。しかし、他の政策には兆単位で金がかかっていることを考えれば、はした金ともいえる。 これを出すか出さないかは政府がどのような成長戦略や選択と集中の意識を持っているのかが問われるのだと思う。 しかし、政府は前向きだそうで。すばらしい。 追記11.01.05:政府はその後、6~7基打ち上げる方針を決めたようだ。すばらしい。 日本版GPS、衛星7機態勢へ…精度10倍に (読売新聞) - Yahoo!ニュース 今年はこれでブログは打ち止めだろう。この成果を見習って、自分も少しでも日本の役に立つよう努力していきたいと決意を新たにする。 陽はまた昇るゆっくりと その時立てろ親指を! 日本はまだまだこれからさ。いくぜぇー!!

十選全てをブログした連載は長澤氏のが初めてだ | はてなの芸術十選 10 アートディレクター 長澤章生 - 日経

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日経10.12.28朝 この作品は見ての通り、原稿用紙に言葉が書いてあるのみ。・・・「『神』を棄てて消滅しよう」・・・コンセプチュアル・アート・・・芸術作品は何らかのモノを作って提示されるだけでなく、概念だけでも成立・・・この作品はFaxで鑑賞者にダイレクトに届けられた・・・メールやツイッターでの芸術も可能だろう・・・印象派の絵画だって、発表当時は超最先端芸術・・・芸術もその最先端は、それを理解する人は限られる・・・前衛はいつしか普遍化され、古典となっていくのである。・・・ 松澤宥「最後の旅」日経記事より きっと寺山修司の「書を捨てよ町へ出よう」の影響があるのだと思うけれど、「地球を棄てて宇宙へ出よう」とか「『神』を棄てて消滅しよう」とは、ことばはかなりキケンな感じだ。 ただ、ことばそのものはこの際大した問題ではないのだろう。 一番の問題は「芸術とは・・・なんだぁ~!!!」ということなのだろうと思う。 作者が2003年にはFaxでオーディエンスに送ったということは、きっと今ならTwitterやFacebookで送っただろうと考えると、ツイートそのものが芸術になるかもしれないということであり、芸術とは発信することそのもの?もしくは生きることそのもの?・・・ そんなワケわからん考えが沸き起こってくる。 --- これでこの連載は終わりだ。長澤氏の連載は全て興味深かった。 これまでも「~の十選」という連載は日経の朝刊の一番後ろに色々な人が書いていて、自分も何名かの人々の連載に惹かれてブログを書いてきた。 琴線探査: 少女雑誌の衝撃十選 弥生美術館学芸員 内田静枝 琴線探査: ミュシャが切手までもデザインしていたとは。しかも無償。 | 知られざる切手アート 十選 2 切手の博物館学芸員 田辺 龍太 - 日経 琴線探査: だましの名画 十選 4 中央大学教授 山口真美 ラスコーの壁画(部分) 琴線探査: 影のポエジー十選 8 アーティスト 田名綱 敬一  ピカソ「ゲルニカ」 琴線探査: バカボンのパパ的「刷毛廻し」描法はすでに鎌倉時代にあったのか | アニメのふるさと 絵巻 十選 3 羽衣国際大学教授 安東民兒 琴線探査: ユーモアという理性を大切に。そして単純明快を旨とせよ。 | エコ&ピース 十選 5 カーリ・ピ...

スマートフォンでゲームするにしても最低限の物理キーがあるのは便利だろうなぁ | 遂にPSPフォンが発売される? (インサイド) - Yahoo!ニュース

遂にPSPフォンが発売される? (インサイド) - Yahoo!ニュース 朝日新聞が報じたところによると、ソニーは携帯ゲーム機プレイステーション・ポータブルと、携帯電話の機能を融合させた端末を開発しているとのこと・・・OS・・・「Android」が有力視・・・※画像は先日リーク情報が報道された時の物です。これが真実の姿なのかはまだ不明です。 追記11.01.24 :その後日経でより詳しく確実な記事が出た。十字キーに対して疑問も沸き上がってきた・・・ 琴線探査: PSPフォンに必要なのは十字キーではなく、新しいUIデザインやゲーム作りの根本的な発想の転換ではなかろうか?という気がしてきた | ソニー ゲーム機に携帯回線 - 日経 真偽の程は定かではないけれど、もし本当ならこれはかなりイケると思う。 iPhoneをはじめ、フルタッチの機体でゲームをやっていて思うのは、「やはりゲームをするには物理キーが必要だ」ということ。特にリアルタイムのゲーム。誤操作が多すぎる。 ゲーム以外のソフトでも最低限の物理ーキーがあれば結構役に立つのではないかと思う。フィーチャーフォンほどのキーを持っていなくても十字キーとA・Bボタンがあれば。 スマートフォンでゲームをたくさんやる人にはかなりアピールするのじゃないだろうか。

「やってることは何でもいいけど、オマエ、自分のやってることに命賭けてるか?」と問い詰められてる気がする | はてなの芸術十選 9 アートディレクター 長澤章生 - 日経

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日経10.12.27朝 この切実さを見てほしい。コンピューターグラフィックスではない。・・・(通称エノチュー)がこの髪型でサラリーマンの日常を過ごしていた事実。・・・榎忠にとっての信念=芸術とは、日常生活の延長、もしくはその日常そのものなのだ。この作品は「芸術」に命を賭ける決意表明に違いない。・・・・駄じゃれである。日本の美術界に欠けているのはこういうユーモアのセンスだろう。・・・これは芸術なのか?などというちっぽけな問題を軽々と飛びこえ、日常を直接侵食・・・(1977年、カラープリント) 榎忠「ハンガリー国へハンガリで行く」日経記事より すごい・・・マジで命賭けてるよ・・・しかもこれは1977年の作品らしい。 作品の着想がダジャレだろうが芸術と言えなかろうが、その命の賭け具合はそれだけで美しい。 この作品を見ると、「やってることは何でもいいけど、オマエ、自分のやってることに命賭けてるか?」と問い詰められている気がする。オレ自身はどうなのか?と思わざるを得ない。 ただ、こういった表現は自分が未熟なせいか、解説なしでは「すごい」とは思えなかっただろう。 このことは逆に、長澤氏のような目利きの存在がどれだけ重要かということを思い知らされる。 誰もがネットで無数の情報にアクセスできる時代ではなおさらだろうと思った。そこにGoogle対Facebookの戦いの本質があるのかもしれないとも思った。

ソフトウェア開発にとって、次のイノベーションとは何だろうか? | 進化のビッグバン きっかけは? 目の誕生で弱肉強食激化 - 日経

日経10.12.26朝 ・・・なぜ捕食者が登場したのか。視覚を持つようになったことが原因とする説が浮上・・・目を持つ動物は生存競争で有利になる・・・対抗手段として、硬い殻やとげで防御したり、砂や泥の中にもぐって身を隠したりするようになった・・・視覚に関する遺伝子も約6億年前に登場・・・だが、なぜ目を持つようになったのか。詳細は不明だ・・・・(編集委員 青木慎一) 「視覚の遺伝子」というのもはじめからあったわけではないのだ、という・・・言われてみれば当然のことに思えるけれど、これになぜかショックを受けた。 そうか・・・視覚だってはじめからあったわけではない。ということは聴覚だって、触覚だってそうなのだろう。 これはまさに生命の歴史におけるイノベーションだ。生存をかけた壮大なイノベーション。 これは人間の経済活動にも、ソフトウェア開発にも同じようなことが言えるのではないだろうか。 生命が「視覚」を手に入れたように、イノベーションとはすごく単純で、しかし非常に効果的なものなのだと思う。 ソフトウェア開発にとって、次のイノベーションとは何だろうか。 ひょっとすると生命の進化の歴史を学ぶと、そのヒントがわかるかもしれないと思った。

抽象画はただ素直に「好きか嫌いか」で見ればよいという考え方 | はてなの芸術十選 8 アートディレクター 長澤章生 - 日経

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日経10.12.24朝 ・・・具象画だと本物そっくりとか色がきれいなどと感想もいいやすいのに、抽象画になった途端に芸術は難しいみたいな話になりがちだ・・・つまり、視覚的に構成されているわけだから、鑑賞者はそのまま視覚的に見ればいいのだ。「色が好き」とか「なんか構成が嫌い」といった感じで。もし好きな抽象画に出会ったら、なぜ好きになったかを考えてみてはいかがだろう・・・そうした思考の先にきっと味わい深い芸術の世界が潜んでいる・・・ 辰野登恵子「室内」日経記事より 今回のお題は辰野登恵子氏の「室内」という絵。 抽象画は確かにワケわからん。こりゃ一体何なのか?と。芸術家というのは自分など思いもよらないような高尚な世界を持っているのだろうなぁと思っていた。 しかしこの記事を読んで、いや、そうではなく、実は特にメッセージがあるわけではないのでは?という見方もあるのだとわかった。そもそも、はじめからメッセージが無いものにメッセージを読み取ろうとしても明らかに無駄だ。 ただ素直に好きか、嫌いか、それだけだと。ただ、もし好きになったのなら、そこから琴線探査がはじまる。 抽象画というのは、自分を見つめるための鏡、もしくは触媒なのかもしれない。 どんな物事もそうだけれど、抽象画は特に。

「写真はある一瞬の光と時間の化石なのである」。自分が受けたショックは「写真の力」そのものだったのだ | はてなの芸術十選 7 アートディレクター 長澤章生 - 日経

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日経10.12.23朝 ・・・プードルももはやアクセサリーと化している・・・つまりこの写真は2006年にしか撮れない写真・・・10年20年後、いや100年後の人々にとっては・・・非常に貴重な100年前の風俗資料となるに違いない・・・プロアマを問わず、誰が何を撮影しようが意味のない写真などあり得なくなる・・・写真はある一瞬の光と時間の化石なのである・・・ 吉永マサユキ「Goth-Loli 3466」 日経記事より 今回のお題は吉永マサユキ氏の写真「Goth-Loli 3466」だ。 確かに長澤氏がおっしゃるように、誰が何を撮影しようと意味のない写真などないなと実感する事がつい先日あった。 厚木市のシティープラザの2階のテレビに、相当昔の本厚木駅周辺の写真が映っていたのだ。「ええー?鉄橋がない!」とか「一番街はドブ川が流れていたのか!」とか、一枚一枚が衝撃だった。 しかし、その写真の数々は別にプロが撮った風でもなく、特に構図を考えて撮った風でもなく、ごく普通のスナップ写真なのである。それがあれだけの衝撃を人に与えるのだということにまたショックを受けた。 まさに「写真は一瞬の光と時間の化石」。この記事を読んで、自分が受けたショックは「写真の力」そのものだったのだ・・・とわかった。