2011年11月13日日曜日

省略の美と人への愛情。「円空」展に逝く

昨日は大宮にある「埼玉県立歴史と民俗の博物館」でやっていた「円空」展に行った。

その道すがら、大宮が大宮である事を理解した。大宮には氷川神社がある。その氷川神社は、噂通り立派な神社だった。つまり、大宮はデカイ宮があるから大宮なのだ。武蔵国では一宮だそうだ。神奈川、相模国だと寒川神社だけどね。


11月で七五三が近いこともあり、神社はかわいい子供たちと、子供たちの写真を残そうとする親御さん、おじいちゃんおばあちゃんでいっぱいだった。幸せな風景だった(^^)


氷川神社へ向かう参道は、さながら伊勢神宮のよう。立派な木が歴史を物語っていた。


円空の仏様は独特な微笑、というか笑いを持っている。ヨッ!という感じ。仏様といえば神々しいものが普通だけど、円空の仏様は親しみやすい。

円空の仏様は自分にはポリゴンキャラに見える。かろうじて認識できる最低限の造形と言うか・・・極端に表現が省略されていたり、元々の木材を活かすためにアンバランスになったり。

円空は12万体もの仏様を彫ったそうだ。何でそんなに彫ったのだろう?

極端な省略は大量生産のためと思う。大量生産の理由は、この世にできるだけ仏様を現出させたかったからではないだろうか。身近にいる仏様。すぐ近くにある救い。円空は、そういった世界を望んだのではないだろうか。

展覧会の中で最も気に入ったのは10cmくらいの大黒天の像だ。これがまた相当省略した表現なのだけど、見事に大黒天の特徴を捉えている。

省略の美と人への愛情。円空の仏様にはそれを感じた。

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