2011年6月16日木曜日

「さや侍」さらに興味が湧いてきたね | 映画の評価は死後でいい 松本人志さん - 日経

日経11.06.15夕
・・・「さや侍」・・・「大日本人」のハリウッドでのリメークも決まった・・・松本人志になったときはマニアックでもいいから、自分のやりたいことをやる。・・・松本人志としては死んだ後の評価を期待して作っていきたい。・・・(主演の)野見隆明さんは素人だけど、プロの芸人じゃないから出せる爆発的な笑いをもっている。追い込めば追い込むほど面白い。・・・(笑わせようとして受けないのは)リアルな悪夢です。ほんとに死にものぐるいでやっても受けないときがある。でもその男を客観的に見たら、ほんとに面白い。笑いって(対象を)どの角度から、どんだけ後ろから見るかだ。・・・(聞き手は編集委員 古賀重樹)

先日も「さや侍」の話が日経に載っていて、興味を持ったので記事も書いた。

琴線探査: 松本人志監督「さや侍」の「さや」が何かわかった。今回のストーリーはおもしろそう。 | 「さや侍」 自由な映画の面白さ 宇田川幸洋 - 日経

今度は監督本人のインタビューだ。このインタビューを見て、さらに興味が湧いてきた。

「プロの芸人じゃないから出せる爆発的な笑いをもっている。追い込めば追い込むほど面白い。」

これは、自分の「あらびき団」の観かたと似ている。「洗練された」プロでなく、「あらびきな」素人だからこそ面白い。もちろん、プロでも面白いことは多いのだけど。

人を「笑わせる」というのは、「怒らせる」よりも「泣かす」よりもムズカシイと思う。この地球上に動物はたくさんいるけれど、その中で笑う動物というのは人間だけだそうだ。それだけ「笑い」というのは高度な感情なのだと思う。だからこそ、人を笑わせるのはムズカシイ。

そんなムズカシイことなのに、なぜプロより素人の方が爆発的な笑いを持っている可能性があるのか。「さや侍」にはそのヒントがあるような気がする。

ひょっとすると「笑い」というのはすごく残酷なものなのかもしれない・・・とふと思った。だとすると、なぜ人間だけが笑うことができるのか?という問にも通じているような気がする。

お笑いのプロであるまっちゃんが、今回は正面からお笑いと向きあって映画を作ったのかもしれない。やはりこれはMUSTだ。