2011年4月22日金曜日

つまり政府は責任を回避したいのだろう。わからないでもないけれど、これでは生殺し。なんとかならないだろうか。 | 牛 見捨てられない - 日経

日経11.04.13夕
・・・事故発生から1カ月がたつものの国は家畜の処分や補償で明確な方針を示しておらず、農家の間では困惑と憤りが広がる・・・「生きているかぎり、放っておけない。行くなというなら、いっそ国や県で牛を処分してほしい。それならあきらめもつく」・・・えさ代が底をつくのは時間の問題。「いつか見殺しにする時が来る。村には戻れず、畜産業は自然消滅する運命だ」・・・

そうだよなぁ。生きているかぎり、放っておけないよなぁ。

殺処分もしない、補償の話もない、しかも現場に行こうにも制限される。

つまり、政府は責任を回避したいのだろう。わからないでもない。しかし、これでは農家も家畜たちも生殺しだ。何とかならないのだろうか。

牛さんやブタさんも、ちゃんと人のために肉となるならいい。しかし、肉ともならず、自由に動くこともできず、単なる無駄死にを待つだけだと思うと、なんともいたたまれない気持ちになる。

それは生命に対する冒とくだ。畜産農家の人たちこそ、それを一番よくわかっているだろうから、本当につらいと思う。

我々日本人は、このことを根源的に理解しているから、食事の前に「いただきます」というのだ。