2010年6月4日金曜日

舞踏家 大野一雄 その生涯は「自分が極めるべきものを見極めて、生涯をかけて極めろ」とおっしゃっているよう・・・ | 大野一雄氏を悼む 舞踏家 天児牛大 - 日経

日経10.06.04朝
・・・肉体に精神を宿すのが西洋の一般的な舞踊の作り方だとすれば、大野さんは、精神に肉体を歩み寄らせたまれな人・・・大野さんの踊りは、自身の思いや心、魂に、身体が沿って自然に踊りが生まれていった。まさに「踊る魂」。・・・「舞踏」・・・国際的な舞台に立ったとき、既に70歳を超えていた。老女のようなドレス姿で、緊張を保ち続けて踊る様に、西欧の人々は、ダンスの枠が広がったと感じただろう。・・・大野さんは普段のたたずまいから踊りだった。久しぶりに会って、うれしそうに手をさしのべる時。感動がふわりと表出するさまが既に美しかった。・・・海外ツアーを、90代に入るまで続けていらした。世界的にも前例がないだろう。・・・存在しているだけでよかった。・・・(あまがつ・うしお=「山海塾」主宰)

大野一雄氏。舞踏にはまったく詳しくないのだけれど、老女のようなドレス姿で舞踏している写真を見たことがある。もうそれだけで、シロウトの自分でも、どれだけ凄いのかを想像することができた。
大野一雄舞踏研究所 公式Webサイト - Official Website Kazuo Ohno Dance studio

右の画像はWikipediaより。By Marco Tambara。日本人がアップしたものではないようだ。海外での評価が相当高かったのだろうと思われる。
大野一雄 - Wikipedia

「踊る魂」とは。まさに天才だったのだろう。普段の所作からして舞踏になっていたということからしても、そうだったのだと思う。

70歳を超えて世界デビューして、90代になってもまだ舞踏し続けたそうだ。人間、いくつになっても、何でもできるのだと思った。自分など、まだまだヒヨッコのヒヨッコにすぎない。「焦ることはない。自分が極めるべきものを見極めて、生涯をかけて極めろ。」とおっしゃっているようにも思った。

「存在しているだけでいい」という人は確かにいる。その人が何も語らなくても、なぜだかその場が落ち着く。そういう人。自分もいつかそういう人間になれるだろうか。

しかし、そんな大野一雄氏は、もうこの世にない。お寂しい限りだ。