2010年3月19日金曜日

喰らうこと自体が罪深いから感謝するのだろう? | 痛いニュース(ノ∀`):「ザ・コーヴ」監督「知能が高いイルカの殺害はアウシュビッツに等しいが、家畜は問題ない」

痛いニュース(ノ∀`):「ザ・コーヴ」監督「知能が高いイルカの殺害はアウシュビッツに等しいが、家畜は問題ない」

・・・「牛や豚は問題ないのか」・・・「牛かイルカかという問題じゃないんです。イルカは高い知能を持っている生き物なんだ」・・・「86年に屠殺場を見た経験から牛や豚を食べられなくなった。妻や子どもには食べるなとは言わないし、日本人にもそれを要求しない」・・・


残念だが、ヤワな精神と言わざるを得ない。

自分は子供の頃、ヤギの屠殺を目の当たりにし、内臓をえぐって大鍋で煮るという経験をしたが、まさに生きることの真実を見たと思う。可哀そうで食べられなくなるというより、感謝して絶対に無駄にしてはいけないと直感した。また、絶対にいたずらに殺してはいけないと直感した。

人間だけではない。牛だって、豚だって、イルカだって、何かを食べなければ生きていけない。

この監督は一体何を食べて生きているのか。ベジタリアン?もし植物ならいいというのなら、植物は生きていないということか。知能がなさそうだから食べていいということか。どうしてそう言い切れる?そんなことわかるものか。

生態系は食物連鎖で成り立っている。そうせざるを得ないのだ。それが自然の摂理だ。もし何かを殺して食べることが罪なら、生きることが罪だ。

いや、生きることは罪なのかもしれない。だからこそ、食べられてくれた相手に感謝しなければならないし、食べ過ぎてはいけないし、無駄にしてはいけない。

「いだたきます」とはそういうことだろう。我が国の言葉ながら、果てしなく深い言葉で、すばらしい文化だ。

もし喰らうことを否定するのなら、それは自分自身を含む人類を否定するということだけでなく、自然の摂理も否定するということだろう。