2010年2月20日土曜日

出すぎた杭は打たれない⑤ MITメディア研究所副所長 石井裕さん

日経10.02.19夕
・・・石井さんの研究室は倍率40〜60倍の狭き門だという。・・・「一体何が独創的なのですか」とあえて厳しい質問をします。そこで守りに入ったらだめです。厳しい議論の中から新しいアイディアを生み出せるか試すのです。・・・真の競争は100メートルを早く駆け抜けることではありません。競技トラックもストップウォッチも、競技のルールすらない原野をただ一人で孤独に耐えて走り、そこに新たなトラックを作っていくことにあります。・・・新しい研究プロジェクト・・・「ラディカル・アトムズ(過激な原子)」。映画「ターミネーター2」に登場する液体金属ロボットのように形を変える機械を構想する。・・・私が生きている間に実現しないが・・・技術は変化が激しい。・・・社会も技術も今どこにいて、どこに向かっていいるのかわかりにくい。台風の中にいるようなものです。しかし、人工衛星の視点から見ればどうでしょう。揺れ動く船の上で波に翻弄(ほんろう)されていても、遠くに見える富士山は動きません。それがビジョンの力です。・・・メディアラボ・・・の研究者は・・・未来への早期警戒衛星・・・企業は今存在しない技術は使えないし、ニーズが見えない製品はつくらない。大学ではすぐに捨てられるものを研究してはいけない。消費者が買ってくれるとわかっているものはつくらない。そうすることで、グーグルにもマイクロソフトにもアップルにものみ込まれない研究ができると思っています。(聞き手は編集委員 滝順一)

真の競争はルールすらない原野を孤独に耐えて走り道を作ること。つまり、開拓者、先駆者、草分け、パイオニアであり続けることこそ真の競争であると。その通りかもしれない。

それはきっと人間同士で競争するということではなく、ヒトという種として、時間や空間、宇宙、物理法則と競争し、戦うということなのだ。それが孤高ということなのだろう。その壮大さを考えれば、この世で最も偉大な企業だと思うGoogleでさえ失礼ながら小さく見える。自分のことなど言うまでもないが、なんてちゃいちぃーなんだ!ちいさい。ちいさいぜよ!涙が出るほど豆ツブのごた。

その真の競争を戦うためには「ビジョン」が必要だと。空間軸だけでなく時間軸も含めて、細かな周囲の変化にとらわれない先を見通す力。ある意味で予言者のようなものだ。

どうすればその力を得られるのだろう。まず情報量は絶対に必要だということはわかる。しかしそれだけではビジョンは出てこないだろう。その大量の情報を処理する、直感など持って生まれた感性か?その感性は努力で得ることができるだろうか。とにかく、考え続けることだろう。

大学ではニーズがすでにあったり、すぐに廃れるようなものを研究してはいけない、ということもその通りだと思う。それは企業がやればいい。大学には、社会の支援を受けて儲けにとらわれない自由を得る代わりに、早期警戒衛星、つまりビジョンを是非示していただきたい。

ここで自分は研究者には向かない事もハッキリした。自分は、自分が死ぬほど遥か先の未来に人の役に立つものではなく、1歩、2歩先の未来に人の役に立つものを作りたいからだ。

ここで福沢諭吉先生の「実学」ということばが頭に浮かぶ。このことばが本当には何を指しているのかを理解するのは難しいが、学問のための学問ではなく人の役に立つために学びなさい、ということだと理解している。

もちろん、石井副所長の研究もいつかきっと実現されて多くの人の役に立つはずだ。しかし自分はもっと早く人の役に立つものを作りたいという、せっかちな人間なのだ。

そうか、そうなのか。琴線探査のブログの意味、多いにあるじゃないか。

石井副所長の連載はこれで終りだ。様々なことを気づかせてくれた石井副所長と編集委員の滝順一氏に感謝。