2010年2月19日金曜日

だましの名画 十選 4 中央大学教授 山口真美 ラスコーの壁画(部分)

日経10.02.19朝
1万5千年前のラスコーの壁画・・・真骨頂は空間の描き方・・・遠近法の技術を発明したのは、ルネサンス時代の芸術家だと言われる。ところがはるか昔の旧石器時代に、近代絵画の手法は使われていたのだ。・・・黒い牛の後ろには、ぼんやりとした馬の姿・・・近いものは大きく遠くのものは小さい、遠近法の基本がそこにある。・・・空間表現は空間認識能力の発達を反映する。幼い子供は、奥行きのない平べったい絵や、空間を無視した絵を描くからだ。しかし、最近の研究から、幼稚な絵画表現は抽象的な概念形成に直結することがわかってきた。プロ顔負けの写実的な絵を描く児童が言葉を学習した途端、普通の子のような稚拙な絵を描き出したと言う。顔から手足の出ている薄っぺらな人の姿の横に、モデルの名前が書かれていた。写実的に対象を表現する代わりに言葉を使うようになったのだ。・・・

ラスコーの壁画。確かに遠近法が使われていると見えなくもない。いや、多分使われている。驚きだ。

記事の後半はよく理解できなくなった。空間を無視した稚拙な絵を描く=物事を抽象化でき言葉も操れる、ということだろうか。逆に写実的な絵を描く=物事を抽象化できず言葉を操れない、ということだろうか。

ということは、写実的なラスコーの壁画を描いた人々は物事を抽象化することは得意ではなかったし言葉も操れなかった、ということだろうか。

そうだとすると、ピカソの抽象的な絵は論理的、言語的なのかもしれない。

そういえば、人工言語を操るプログラミングにおいてもプログラムの抽象化は高度な技術だという事を思い出した。

とにかく、ヒトは言語を得ることで何かを失うということのようだ。