2010年1月17日日曜日

「勉強」をクソくだらないと思う理由 - 「ハッカーと画家」Paul Graham著

・・・そりゃあ人気者になりたかったさ。でも実際にはそうでもなかった。それほどには。私にはそれよりもっとなりたいことがあったんだ。賢くなることだ。学校で良い成績を収めることだけじゃない。それにも意味はあったけれど、それより美しいロケットを設計したいとか、良い文章を書きたいとか、コンピュータをプログラムする方法を理解したいとか、とにかくすごいものを作りたかったんだ。・・・(p.8)

・・・ルネッサンス初期を代表する天才アルベルティは、「人生の全てを賭けずして極められる技などない」と書いている・・・オタクにはこれが分からない。人気者になるには努力が必要だということに・・・(p.9)

・・・オタクたちは既に・・・実社会で問題になるような事柄を考え始めていたんだ。ある意味、私たちは中学校に呼び戻された大人のようなものだった・・・(p.14)

・・・オタクは負け組じゃない。単に違うゲームをやっているだけなんだ。それも、実社会により近いゲームを・・・(p.21)

少なくとも一部の人はそうだったと思うが、自分もいわゆる「勉強」を本当にくだらないと考えていた。

今でもそうだ。例えば単に資格を取るだけの勉強は、大人になった今でも自分にとって本当に苦痛でしかない。少しは我慢できるようにはなったが。

自分は怠惰なのか?言い訳をしているだけなのではないか?とずっと考えていた。

しかし、そうではないようだ。とにかく実社会で役に立つ事だけを学んですぐに実践したい。ただそれだけだったんだ・・・と、いまさらながら気がつかされた。

広い視野と教養が必要?確かに必要だ。しかし、それは「勉強」するものなのか?人に詰め込まれたり、テストのために詰め込むものではなく、自ら学ぶものではないのか?だから嫌になったんだ。

そういう学びを助けてくれる学校・・・この日本にもあったのだろうか。

何十年後かもしれないが、いつかソフトウェアの分野でそういう私塾を作ってみたい・・・諭吉先生のように・・・大きな夢だ。