2010年1月26日火曜日

ネットのキャラに服・雑貨購入 30代、「分身」でオシャレ

日経10.01.26朝
・・・仮想の衣類や雑貨などの市場規模は2009年に200憶円を超えたもよう・・・この「分身消費」の主役、10代や20代ではない・・・30代男女・・・普段は絶対着ない服でも着られる・・・季節に合わせて洋服を着替える・・・ブログの友人同士でアバターの服装を評価しあう・・・ネット上あっても変な格好はできないからアバターの洋服には支出を惜しまない・・・「ルイ・ヴィトン」など1つ1千円する仮想雑貨・・・

30代が中心とは意外な気がしたが、単に10代、20代よりも金に余裕があるからなのかもしれない。

この記事のように仮想の服とかアイテムとかが売れているという話を見るたびに、こういったものの「価値」はどこにあるのだろうかと考えていた。一歩引いてよく考えてみれば、仮想の服とかアイテムは現実世界では何の役にも立たない単なるデータにすぎないのに、彼らは一体何に金を払っているのだろうかと。

久しぶりに見たテレビドラマ「野ブタ。をプロデュース」では、一時学校中で大人気となった野ブタ人形が、すぐに誰も見向きもしない無価値なものになってしまうという話がある。そもそもダンボールを張り合わせたようなものにヘタなイラストが描かれている「こんなものに価値あんのかよ〜」というシロモノだ。でも売れた。誰かがカワイイといいはじめ、願いが叶うというウワサを演出したからだろう。

この話は2つの事を気づかせてくれた。

1つ目は、モノそのものに価値が無くても市場では本来以上の値段がつく場合があるし、逆に、モノそのものに価値がある場合でも市場で正当な値段をつけられているとは限らないということ。

2つ目は、モノの市場での価値は人が作り出すものなのだということ。つまり宣伝やプロデュース次第ということ。

ここから記事をもう一度考えてみると、仮想の服とかアイテムは非常にうまく宣伝・プロデュースされていて、モノ本来の価値以上の値段をつける事に成功しているということだろう。

人は必ずしもモノそのものの価値に金を払うわけではなく、金を払う動機となる価値は他にもあるということなのだ。

ということは、仮想の服とかアイテムが実際に売れているからには自分が知らない価値が確かにあるわけで「仮想の服とかアイテムなど無価値だ」という考え方は自己中心的で傲慢だ。捨てた方がよさそうだ。