2011年5月18日水曜日

国歌や国旗を敬わない教員に教育された子供たちが国家に敬意を持つ国民になるとは到底思えない | 国旗国歌と公民教育 - 内田樹の研究室 - BLOGOS(ブロゴス)

昨日、橋下大阪府知事のこんな威勢のいいニュースがあった。

橋下知事「国歌斉唱で起立しない教員は免職」 (読売新聞) - Yahoo!ニュース

・・・入学式や卒業式の国歌斉唱時に起立しない府立学校や公立小中学校の教員を免職する処分基準を定めた条例を9月の定例府議会に提案する考え・・・「府教育委員会が国歌は立って歌うと決めている以上、公務員に個人の自由はない。従わない教員は大阪府にはいらない」・・・府立高校関係者は「大阪だけ厳しい処分基準を設けるのはおかしい。処分権の乱用だ」と反発・・・


前から不思議に思っていた。なぜ教員の中には国歌や国旗を嫌う人がいるのかと。

確かに1999年に「国旗及び国歌に関する法律」ができるまでは「あんなものは国旗でもないし国歌でもない」という主張も通ったかもしれない。しかし法律ができた以上、もはや疑いなく「君が代」は国歌だし「日の丸」は国旗だ。

自国の国旗・国歌を敬わない国民が世界の一体どこにいるのか?ワールドカップなどを見てもみんな胸に手をあてて斉唱しているではないか。国歌や国旗を嫌う教員は、こういった国際的な場に出ても座ったまま歌いもしないということだろうか?

そういった個人の意識の問題は置いておいたとしても、府教育委員会では国歌を立って歌うこと、というルールがあるそうじゃないか。ルールがある以上、それは守らなければならない。

思想信条があってルールを拒否するのは結構だ。ならその思想信条を守るため、辞職すればよろしいではないか。それが筋だ。是非その思想信条の強さと覚悟を見せていただきたい。間違っても免職になってはいけない。強い思想信条を持つ誇り高い人間が選ぶべきは、斬首より切腹だ。


今日は今日とて、この件に関する反論の記事を見た。

国旗国歌と公民教育 - 内田樹の研究室 - BLOGOS(ブロゴス) - livedoor ニュース

・・・私が言いたいことはいつも同じである。国旗国歌は国民国家の国民的統合の象徴である。そうであるなら、ことの順番としては、まず「自分が帰属する国民国家に対する、静かな、しかし深く根づいた敬意をもつ国民」をどのようにして創り出してゆくか、ということが問題になるはずである。・・・


色々と気になるところがあるのだけれど、引用は最大の主張だと思われるここだけにしておこう。そしてこの主張に対する反論もひとつだけにしておこう。

国歌や国旗を敬わない教員に教育された子供たちが「自分が帰属する国民国家に対する、静かな、しかし深く根づいた敬意をもつ国民」になるとは、到底思えない。