「人と違わないとダメ」というしつけとはスゴイ | 未知の演劇を探す旅路2 劇作家・演出家 平田オリザさん - 日経

日経10.12.14夕
1962年生まれ。東京の駒場東大前商店街で育った。シナリオライターの父から、人と違わないといけないとしつけられた。オリザは本名です。ラテン語で稲という意味で、宮沢賢治の「グスコーブドリの伝記」から採った・・・人と違ってもいいよくらいなら、どこにでもあるでしょうが、我が家は違わないとダメ・・・亡くなった父・・・ベラミという喫茶店を始めた・・・映像のシナリオライター・・・劇団も・・・その名も「人間組合」・・・母は心理学者・・・後に大学の教師に・・・家族には愛情たっぷりに育てられました・・・収入があまりなくて家にいる父のことを「こういう人を世間ではヒモといいます」と書いたら、ほめられた・・・祖父の内蔵吉(くらきち)は医師で詩人・・・「歴程」の編集人で、高村光太郎のパトロン・・・大叔父の平田晋作は戦前のベストセラー作家・・・祖父も大叔父も理系・・・修学旅行を強制するなんて憲法違反だとか、めちゃくちゃを言った・・・僕は受験勉強をやめ、自転車で世界一周することにしました。人と違うことをしなさい、と教えたのは親なんですから。(聞き手は編集委員 内田洋一)

父はシナリオライター。母は心理学者。祖父は医者で詩人。大叔父も作家。平田オリザ氏の家系は、本当にユニークな人々の集まりのようだ。

しかし、「人と違わないとダメ」というしつけとはスゴイ。もう「オリザ」という名前からして人と違うことを運命づけられているわけだから、きっとその影響でいじめに近い扱いを受けたこともあっただろう。

それでもご本人はヘぇとも思っておられなかったようだ。修学旅行が憲法違反だとかいうくらいなのだから。

やっぱりその力の源泉は、ご家族の絶対的な愛情だったのだろうと思う。

誰とも違っても、誰にも理解されなくても、身近な人から絶対的な愛情を受けている人間というのは、それだけで満ち足りているからだろう。

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