これは偶然ではなく必然だ。教授の講義はしかと見なければならない | 正義とは何か 語り合おう 政治哲学者 マイケル・サンデルさん - 日経

日経10.09.01夕
・・・ハーバード大教授・・・「正義」の講義は同大史上最多の履修者数を誇る・・・今日、公の場で真剣に「正義」について議論をしたいという人々の渇望、飢餓感が深まっている。それは社会において、人々が不正義を感じている表れだろう。・・・今、民主主義をより深め、強化したいと願うのであれば、貧困や不平等が、なぜ道徳的にいけないのか、公の場で熟議を行なうべきだ。市場原理主義的な傾向・・・市場は・・・何が正しい社会か、よき社会かは教えてくれいない。・・・政治家が正義を与えようとするのを待っていてはいけない。その前に、市民の側から良い政治を要求するのだ。・・・哲学を学ぶ最良の学校は夕食の食卓だ。・・・(聞き手は文化部 白木緑)

何という偶然だろう。今日、マイケル・サンデル教授に関連する記事を書いたばかりだ。
琴線探査: YouTubeのChromeless Playerで字幕(Closed Caption)は表示できるのか?

不正義を感じるから、正義を論じたくなるというのは、その通りかもしれない。

しかし自分には、なぜ貧困や不平等が「道徳的に」いけないのかは正直わからない。ハッキリ言って、貧困も、不平等も、それは世の常だと思う。

裕福な人がいれば貧乏な人がいるのは当たり前だし、人はそもそも平等ではないと思う。ただ問題は、それが不当なものかどうかだ。もし不当なものであれば、それは政治の力をもって正さなければならないだろう。

こんなことを言えるのは、自分が恵まれた人間だからなのだろうか。ますます教授の講義をちゃんと見なければと思う。

さらに偶然は重なる。「政治家が正義を与えようとするのを待っていてはいけない」とのお言葉は、これもまた今日書いた「自助論」の記事と重なる。
琴線探査: つまり、政治がダメ〜国がダメ〜ということは国民がダメ〜自分がダメ〜ということなんだなぁ - 「自助論」 S.スマイルズ著

きっと間違いない。これは神か守護霊か何かが自分に「今こそ教授の講義をしかと見よ」と指令しているに違いない。了解しました。しかと見ようじゃありませんか。

「哲学を学ぶ最良の学校は夕食」とのお言葉もうなづける。自分の場合は母が夕食を作っている時間だった。母が夕食を作っている間に新聞を読みながら「なんだよこれ?おかしいよ!」などといっては母とよく議論を交わしたものだ。それが今の自分に多大に影響していることは強く感じる。

とにかく、これは何かの巡り合わせだ。TOKIOの国分太一さんの言葉を借りれば、これは「偶然ではなく必然」だろう。教授の講義はしかと見なければならない。

コメント

  1. ハーバード大学始まって以来の履修者数というのは凄いですね。1,000人規模らしいのですが、そのマスな感じを感じない、教授の講義の進め方のうまさに、まず驚きます。講義を仕事の一部にしているものとしては大変考えさせられます。

    また、教授に指された多くの学生が物怖じせずに意見を述べている態度にも驚きました。教授と学生という立場を超えて、フェアなんですよね。

    ちなみに、サンデル教授の「Justice」は図書館で97人の予約待ちでした!

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  2. 97人待ちって・・・一体いつになったら借りられるようになるのでしょう(^^);

    買ったほうが早いのでは?

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