2010年6月10日木曜日

やっぱり欽ちゃんは「視聴率100%男」だわ | 笑いの表現抑える時期 コメディアン 萩本欽一さん - 日経

日経10.06.09夕
・・・今は基準が緩んだよね。「視聴者が怒るかもしれないけど面白い」。下ネタとかも含めて、ここらへんが電波に流れている状態・・・僕は大賛成ですよ。・・・「あれ?怒られないの?」って延々と続けた人が間抜けだよ。僕は浅草で修行中、先輩に教えられた。「下ネタを言いまくれ。お客は笑うから手応えが分かって、成長が早くなる」。でも「うまくなったら言うな」・・・放送倫理・番組向上機構・・・問題点として、下ネタのほか、いじめや差別も指摘・・・・世のため、人のために笑いをつくる。非常に難しい。・・・欠点を突くのがツッコミ。・・・ボケとは、いじめられても苦にしないことだ。・・・ボケが最後に逆襲するのが面白いのに、いつからか「耐える」に傾いちゃった。すると見ている人は「いじめだ」と感じるようになった。・・・ボケのいいのがいなくなったということなのよ。・・・テレビとは手軽でお安く、見る人に心地よく写し出されるものだっていう気がする。・・・

欽ちゃんのお話で、いくつかのことがわかった。

まず、なぜ下ネタが嫌いか。それは、下ネタをいう芸人さんは、自ら下手であることを公言しているようなもので、そんなものを見る暇はないからだ。

2つ目は、なぜツッコミ役の人がボケ役の人をド突くのが嫌いか。それは、ド突くのがあたかもいじめに見えてしまうからだ。

3つ目は、「ボケ」の真髄。欽ちゃんは、ボケはいじめられても苦にせず、最後に逆襲するものだとおっしゃる。ここに痛快さやエクスタシーがあり、人の心を開放させるのか。しかし、そのボケ役のいい人がいなくなったと。

お笑い番組の視聴率が低下しているようだけど、こう考えると、それは自業自得なのかもしれない。少なくとも自分は、心が開放されたという感覚を持つことはまれだし、逆に不快に感じる場合すらある。視聴率の低下は、自分だけでなく、多くの人もそう感じているということだろう。

前にどこかで聞いたことがある。欽ちゃんは当初、相当な毒舌だったそうだ。しかし、ゴールデンに出るようになってから明らかに自分を変えた、と。その象徴が「オネエ言葉」らしい。これは欽ちゃん一流のお茶の間の人々に対するサービス精神だったのだと思う。やはりメジャーになるということは、何かを変えなければならないということか。

結局、「視聴率100%男」たる欽ちゃんのこの金言に尽きるだろう。

「テレビとは手軽でお安く、見る人に心地よく写し出されるものだっていう気がする。」

そうあって欲しいものだ。